私は、現在教壇に立っている。この状況を子どもの頃の自分が知ったら絶句するだろう。たまに自分でもこの状況に苦笑してしまう。
私は子どものことが大好きでずっと憧れの職業に就けて喜んでいるというわけではない。むしろ教員という職業は嫌いだった。大がつくほど嫌いだった。絶対に教員だけはならない。そう子供の頃から決意していた。
しかし、今教壇に楽しみながら立っているから不思議だ。人生とは本当に分からないとつくづく思う。
両親が教師だった私にとって、教師という仕事は嫌いになりやすく…
何故、私が教員が嫌いになったかその理由から話していきたいと思う。
私の実家は地方の小さな町にある。そんな環境の中で私の両親は教師だ。どちらもだ。
そんな狭いコミュニティーの中で両親が教師というのはすぐに知られることになる。デパートに行けば生徒に会い、幼い時の私からしたら制服を着た生徒というだけでも怖いのに「あ。○○先生の娘だ、顔見たい」など言われるのは恐怖体験でしかなかった。また、友達の兄弟や親戚が生徒としているというのもザラであった。
そして、友達が「私の親戚が○○先生、うざいって言ってたよ」と言ってくる始末だ。
教員というより、教員の子供という立ち位置が嫌いだったのかもしれない。親に仕事をやめてくれと頼んだこともあった。そんな幼少期を送った私は教員という職業自体が嫌いになった。
しかし、何の因果なのか、中学高校の担任に「お前、教師向いてると思うんだけどなあ」とよく言われた。そう言われても、私は人前で話すのが苦手であったから向いてる訳がないと思っていた。
高校まで卒業した感想としては、「先生って人前で話すの怖くないのかな?緊張しないのだろうか。受験の時とかも大変だよなあ。やっぱり私はOLを目指そう」であった。
教員免許が取得できることを知った私は、軽い気持ちで取得することに
そんな教員像として確固たるイメージが変わったのは大学である。
私はかねてよりずっと興味を持っていた栄養学科に進学した。そこである転機が起こった。
そもそも進学した大学は教育学に力を入れているということを入学してから知った。そして、自分の学部でも教員免許が取得できることも知った。
全然取得する気もなかったが、仲の良かった友人が取るということで軽い気持ちで取得することにした。そしていくつかの講義を受講していくうちに「あれ?もしかして、栄養学の講義より面白い?私が今まで何の意味があるのだと思っていた学校行事や授業に全て意味があるんだ」と雷に打たれたような気持ちになった。
教職を取るのは思っていたよりも大変でやめようかと思ったこともあったが、「4年間で保険を買うようなものだよな」と思い続け、最後までやり遂げた。
教育実習で人前に立って感じたのは、この空間にこれからもいる確信
そして、いざ就活となり、OLになるべく企業説明会などに出向いた。だがしかし、そこで思いもよらない事態が起こった。
新型コロナウイルスだ。
予定されていた説明会、面接の中止、そして第一志望としていた業界の今年度の採用中止であった。
これからどうすればいいのだろう。4月からニートか?フリーターになるか?極端ではあるかもしれないが、そういった考えしか浮かばなくなっていた。
そんな時にコロナの影響で先延ばしにされていた教育実習が行われた。初めて生徒ではなく先生として人前に立った瞬間であった。その時に初めて人前に立つ恥ずかしさより伝えたい気持ちが強くなった。
そして、本当にふと「私、この空間にこれからいることになる」と、確信にも似た思いが湧いた。そして現在に至る。
私が思い描いていた仕事とは全く違っていたが、腐れ縁にも近いこの関係が私と仕事の関係である。
ここまで聞くとあまりやる気がなさそうに聞こえるが、「誰かの学校生活に少しの彩りになる存在に」という私なりのポリシーを持って今日も教壇に立つ。
「さあ、それでは授業を始めます」