別に知らなくても生きていけることほど、時に自身に返ってくることがあると思う。必要最低限のものを省いて。

ニコニコしながら画面を見つめる表情にドキッとした

中学の時から、2つ上の兄の影響で毎日のようにBUMP OF CHICKENを聴いて育った。通学時、部活の試合直前、なんでもない時、なんだか気が落ち着かない時。
BUMPの良さを他の人は知らないものなのか。詩的でカッコいいバンドサウンド、圧倒的ビジュアル。誰かと語り合いたいと思うようになっていた。

「BUMPの新曲、めっちゃいいよ」と声が聞こえたのは、高校2年になった数週間後。私の斜め右前席から。小麦眼鏡の陸上部員が、友人に熱弁していた。
いた!!!
陸上部員よ、ぜひ、私とBUMP愛を語らおうではないか。様子を伺い、後日、彼に話しかける。
「BUMP聴いてるの?」
部員の表情はみるみるうちに明るくなっていった。同じようにBUMPの良さを誰かと分かち合いたかったのかもしれない。

それからの部員と私は、あっという間に仲良くなった。
学校以外でメールをするようになった。BUMP以外のことも話せるようになった。部活の終わる時間が近い時は、途中まで一緒に帰った。

私の通う本屋に彼も通っていたことが分かった。一緒にBUMPの載ってる雑誌を読み、顔を見合わせる。ワンセグでミュージック・ビデオを観ながら、イヤホンを分け合って動画を観ることもあった。彼の横顔をそっと見る。ニコニコしながら画面を見つめる表情にドキッとした。彼に恋をしていた。

急ぐ私の顔に、踏切の遮断機がぶつかった

夏休みに入り、彼に会えない日が重なった。部活のシフトが合えばたまに会えたが、それ以外で会うことはなかった。恥ずかしくてどこかに出かけようと誘う勇気がなかった。

ある夏休みの午後。部活動後にお昼ご飯を食べようと、自転車通学のチームメイト2人と共に高校近くのファミレスへ行くことにした。
高校から自転車で5分程度。校門すぐの踏切を渡り、住宅地を抜けて大通り沿いを真っ直ぐ進むと辿り着く。

3人のうち、1人が先を行く。私の後ろにもう1人いたので、その子を待って一緒に行こうと思っていた。程なくして、踏切が鳴り始めた。まだ遮断機は降り始めてないものの、時間もあるので電車が過ぎるのを待つことにした。
と、思った時、後ろからチームメイトが私の右横を颯爽と通過した。
え?私1人だけ取り残されてる?そう思ったのも束の間、気付くと私はペダルに足をかけていた。

遮断機が動き始めた。早くしないと。顔に遮断機がぶつかった。その弾みで口の中に何かが入った気がした。急いでいたので線路にそれを吐き出し、無事に渡りきった。
チームメイトの1人が私の顔を見るなりお腹を抱えて笑う。つられて私を背後から抜き去った子も。なにしたの?と尋ねると、前歯、どこ?と途切れ途切れに言う。
何のことだか、と思いつつも舌で前歯を触……れない。というか、ない。そこでハッとした。“あれ″は前歯だった。

すぐに彼の顔が浮かんだ。前歯のない子から好意を持たれるのはいかがなものかと。溢れる涙をそのままに、私は歯科へ駆け込んだ。

二人で刻むことがなくなった足跡の平行線

前歯は数ヶ月後に差し歯となったものの、それまでは詰め物で代用した。その歯を彼に見られたくなくて、話す距離をとるようになっていった。話す際も、バレないよう手を口元に当てて笑うようになった。
彼とは高校卒業後も会う機会があったが、数年前に結婚したと共通の友達伝いに聞いた。

見えないモノを見ようとして、歯の隙間を覗き込んだ。健康な口腔といくつもの歯が見えたよ。
あの日、遮断機が硬いということを知って以来、無闇に自転車の舵を取ることは止め、二人で刻むことのなくなった足跡の平行線を、イマも思い描いている。