一人暮らしも1年。今夜は帰省して、ひとりきりではないはずだった
くしゃみに起こされる季節。重たいまぶたを擦りながらカーテンを開けば、ばっちりと目があった。大きな段ボールを抱えた、青いシャツを着た中年の男性。
ここは一階、私の住む部屋のベランダは親御さんの駐車場に面している。
今日は引っ越し日和だそうで、大変な数のミニバンが連なっていた。右手に持ったカーテンの端を開けた勢いでそのまま閉める。カーテンの奥から家族の笑い声だけが、こちら側まで届いている。遮光カーテンが朝日を背負うかたちになって、部屋がどんよりとしている。
狭い一室にひとり。ぽつんとひとり。ひとり暮らしもまもなく一年記念日を迎えることになった。決して、喜ばしい記念日ではない。
人と過ごしていたい。ひとりは嫌だ。赤いキャリーバックに荷物を詰め込みながら思う。
アルバイトの連勤の末、掴み取った一週間の帰省。今日の夜にはひとりじゃない!!意気揚々と鮮やかな春服を押し込んでいると電話がなった。
「乗り継ぎのバス、運休やけど帰ってこれるん?」
父からだった。実家は四国。少しでも節約するため、羽田から神戸まで向かい、そこから高速バスに乗るのがいつものルートになっている。
調べてみると、橋の通行止めのため全便運休。雨だと思って傘を忘れないようにとは思っていたが、まさかあちら側では強風とは。
ダメ元で親友に連絡。そして兄にも奇跡的に会えることに
よく通行止めになり渡れなくなる橋だからな、強風でバスがひっくり返らなくてよかった、などと一旦ポジティブに考えてみる。
だが、私の帰省にはなぜかハプニングがつきもので、またかと肩を落とさずにはいられなかった。
「やばい、一時になってしまう」
とりあえず飛行機の時間は迫っていた。バタバタとマスクをつけ、まだ散らかったままの家を出た。
神戸空港のホームに立って電車を待っているあいだに、大阪に住む親友にダメ元で連絡。忙しい彼女も二十時までには帰れると言うので甘えさせてもらうことにした。予定が合わず、泊まる予定が立てられずに春休みが終わろうとしていた末の奇跡だった。
ずっと願っていたことが叶うと、こんなにも浮き足立つものか。キャリーケースを抱えて降りる階段も軽いものだ。
「おいしい夜ご飯をゆっくり食べて時間を潰すことにしよう」と地図アプリを起動し、「夜ご飯」と検索して気がついた。
彼女の住む場所の近くで兄が働いている。兄とは祖母の葬儀以来会えていない。歳の離れた兄弟だからか、兄の優しすぎる性格のおかげか、私は相当なブラコンに仕上がった。
宿直の多い兄の日勤を祈って連絡すると、日勤だという。奇跡は度重なるようだ。
兄と二人で高級焼肉、親友とのおしゃべり。特別な夜になった
兄の住居の最寄駅に着き、改札口で少し髪型の変わった兄が待っていた。
「うまいもの食わせてやる」と言われ、ついていけば、いつしか高級焼肉屋の卓を挟んでいる。
食べたことのない部位の肉を裏返しながら、父のおもしろ写真や母の話題を交わす。いつもの食卓とは違って見えても、何も変わらなかった。「うっまっ!!」と叫ぶところを上品に「めっちゃおいしい」と抑え、興奮を笑顔で表した。息をそろえて特選厚切り塩タンを口にしたときは、「うまっ」と声が重なった。やはり兄弟、呼吸があう。誰かとおいしいを一緒に過ごす、数年前までは当たり前だった特別を、ゆっくりと味わった。
「いらっしゃい」
急遽泊まると言った私を快く迎え入れてくれた親友。淡い白で統一されたインテリアとぬいぐるみが溶け合い、ほっとする。ばっちり化粧をした彼女が、イヤーカフや指輪を外す。久々の再会に早口だった会話も、ありのままになっていった。
友達になってくれたこと、頼ることができる存在でいてくれたこと、何もかもが特別。普段話さなくても心の中に住んでいて、私の優しい味方。人恋しかった気持ちが一気に埋まった一日だった。
ふたりでシングルの布団をかぶり、夢につく。ひとりで抱えていた寂しさが温まってゆっくりと特別に変わった。