私はぬいぐるみが好きだ。
遡ること4年半前、社会人1年目の時の誕生日プレゼントに当時付き合っていた彼氏から、抱き枕にしてもよさそうなサイズ感の、とあるゲームキャラクターのぬいぐるみをもらった。
そのおよそ半年後にその彼氏とはお別れをしてしまったのだが、私自身「物に罪はない」というスタンスなので、時が経ち、新しい今の彼氏ができた今でもこのぬいぐるみは捨てられずにいる。

ほかのものと比べて、「安心感」が違うぬいぐるみ

前職で経験した地方勤務の寂しさを埋めるかのように買ったぬいぐるみたちでも、手放せたものはあったが、でもなぜかこのぬいぐるみだけは手放せなかったのである。
大きさ、肌触り、抱きしめた時の安心感。
全てにおいて私が欲しかったものなのである。
だから、このぬいぐるみはよほど汚れがひどくなったとか、なんらかの理由でお別れが近づいてくるまでは、ずっと持っているんだろうなと思う。

このぬいぐるみは、私の元にきてから私の今までのことを知っている。
前職では旅人のように転勤をしていたもんだから、異動した時に必ず車の助手席に相棒として置いておき、休憩中の仮眠時に抱き枕として活躍してくれていた。
時には1時間以上仮眠しすぎて、高速のサービスエリアでこのぬいぐるみを抱いて寝ていたこともあったのはいい思い出である。

前職時代に休職・退職して実家に帰ってきた今も一緒だ。
最近は抱き枕にすることは回数として減り、横で見守ってもらっているか、腰痛持ちのためにリアルな腰と布団の間のクッション代わりになっている。

抱き枕にクッションに時々枕に……いろんな使い方をしているが、このぬいぐるみは私にとってどうしても捨てられない物のひとつだ。
ぬいぐるみをくれた相手と別れた時に、捨てようと思ったことは山ほどある。
その相手への未練を断ち切りたくて、何度も何度もゴミ袋に入れようと思った。
でも結局のところ「物に罪はない」というところに私の考えは行き着いてしまい、ずっと捨てられないでいる。

今は前ほど「このぬいぐるみが大事!」というような、毎日抱き枕にするほどずっと一緒!みたいなことはほとんどなくなったのだが、私が日々ベッドで寝ている隣で横たわり、時折寂しさや持病から起こる特有の気管支周りの息苦しさから、このぬいぐるみを抱きしめるだけで安心感が違うということは間違いないと思っている。
だから、何度捨てようと思っても捨てられないのだ。

「捨てられない女」といわれても、ときが来るまでずっと一緒にいる

この元カレから貰ったぬいぐるみの他にも、まだまだ手放せなくて家の中に居場所を求めて彷徨っているぬいぐるみたちは実はまだいる。
同じようにベッドの近くで見守ってくれるぬいぐるみもあれば、引っ越しの時に入れた段ボールの中で眠っているぬいぐるみもある。
前述の通り、引っ越しのタイミングで手放したぬいぐるみもたくさんあるのだが、居場所を求めて彷徨っているぬいぐるみたちは、元カレから貰ったぬいぐるみ同様に捨てようと思っても捨てたら私自身が後悔するということを分かっていて、捨てられないでいる。

そのぬいぐるみの中には、誕生日プレゼントで貰ったものや、可愛くて一目惚れし、一緒にいたいと直感で思ったものもある。
また、家の中のみならず、自分が普段乗っているマイカーにも目を向けると、大小合わせて6体のぬいぐるみが私の運転を見守ってくれるかのように鎮座している。

これらのぬいぐるみたちも正直、ほとんど使っていないから、時がきたらゴミとして、あるいは供養のためにお寺に持って行こうとも考えた。
でも、手放そうか考えた時に、全部私にとって必要なものなんだと感じ、今に至る。

正直なところ、「物を捨てられない女」と言われてもいい。
でも、私からしたら私の家族にお出迎えした・仲間入りした可愛い自分の子ども同然のものたちであることに変わりはないのだから、今私の手元にあるぬいぐるみたちは本当に時が来る時まで手放すことができないと思う。

その「手放す時」というのがいつ訪れるかは私にも未知数ではあるが、これからの生活においても今あるぬいぐるみたちを大切に扱い、家族同然に扱っていきたい。