愛されている、と思ってた。
子どもだから大切にされている、と。
でも、私が思う愛と母が思う愛は少しズレていた。愛って難しい。

大学3年後半。
やや就職活動が始まりかけていたとき。
大企業に勤める気などさらさらなく、まさしく鶏口牛後、自分を見てくれる会社を探していた。

就活の相談は一切していなかった。
聞かれることもなかった。
2人の姉はそれぞれ大企業勤めとフリーターだったので、どんな道を選んでもいいと思っていた。
「公務員試験、受けないの?」
3月、母にそう聞かれるまでは。

教育系の大学だったので、周りは教員と公務員が半々。友人は公務員試験の勉強を春から行っていた。科目の多さ、内容の難しさ。友人からよく聞いていた。
「今から勉強して受かるわけないし、公務員になる気もない」
「受けてみるだけ受けてみたら?」

無神経な発言に腹が立った。友人はあれだけ努力しているのに。そんな簡単に受けるものでもない。黙っていると、
「今どんな感じなの?」
と状況を確認される。今聞く?もうすぐ決めなきゃいけないときに聞く?
「5件くらいが選考進みそう。そのうち1つは〇〇」
地元で有名な企業の選考が、ある程度進んでいた。
「そう」
母の返事はそれだけ。どこに勤めようとよいのだと思った。その企業を蹴るまでは。

本当はいい企業に入ってほしかったんだ。突然わかった母の気持ち

「どうして〇〇に行かないの!?なんでそのよくわからないところに行くの!」
〇〇を蹴って、別の小さな会社に就職すると決めたことを報告したときの母の反応。
想像とかなり違っていた。「あらそう」で終わると思ってた。
弁解はした。できていた、と思う。
反応が意外すぎて何も言えなかったかもしれない。
喧嘩になった。初めて親に逆らった。
最後の母の一言、
「これから学費も何も出さないから!!」
が頭に残っていた。

父に相談する。
「俺はどっちでもいいけど、ママを悲しませんなよ」
そうじゃねぇ。人の話を聞かない人ってどうなのって話なんですけど。学費っていう負い目を利用するなよっていう。しかも成績優秀だから学費免除だし。
てか、大学入学時に学費とか払うからお願いだから行ってって言ったのそっちじゃん。

「なんで聞いてくれないの?」
無視。話をしようとした私を褒めてほしい。
とりあえず2階に戻る。感情がぐちゃぐちゃだった。自分の感情すら受け止めてもらえないことに対する怒り、悲しみ、etc……。

ラインがきた。親友から。
「今日寿司食べよー」
決壊した。気づいたら泣きながら通話ボタンを押していた。
「あ、シャチ?あのさー」
「助けて」
泣きながら言った。
「今行く」

何が起きていたのか、何で泣いていたのか。
説明が全く無かったにも関わらず家まで迎えに来てくれた。
1階に降りていくのが怖かった。2階の窓からどうやって脱出するか、本気で考えた。
「大丈夫だから。降りておいで。もう着いたから」
親友の言葉を胸に階段をゆっくり降りていった。ぐちゃぐちゃの顔と髪と感情のままで。
母の怒る声が聞こえる。

「なんのために今まで送り迎えしてあげたのよ」
夜歩いて帰るのは危ないから。
母がそう言っていたことを思い出す。
違ったんだ。心配だからじゃなかったんだ。
いい大学に行って、いい企業に入ってほしくて。
そのためだったんだ。
愛じゃなかったんだ。

親友は一晩そばにいて話を聞いてくれた。
「親の思い通りにしなくていいんだよ。自分の将来なんだから。シャチが後悔しないのが一番だよ」
欲しかった言葉だった。
親友からの愛だった。

あれも愛だったと今は思える。愛って難しい

その後、私と母でこのことを話すことは無かった。就職してからも。普通に話はするけれど仕事の話はしない、というのが暗黙の了解になった。
父からは度々仕事について聞かれたけれど、曖昧に交わした。一切相談したくなかった。

今考えるとあれも母なりの愛だったのだろう。安定した仕事に就いてほしい、という想い。大卒というアドバンテージを活かしてほしい、という想い。
でもそれは私にとっては押し付けで、愛でもなんでもなかった。
私が欲しかった愛は、ただ私を受け止めてくれることだった。一度でも話を聞いてくれていたら、あんなに反発しあうことはなかったと思う。母も同じように思ってるのかもしれないけれど。

母の愛と親友の愛を一度に感じたあの日。
愛の形は人それぞれ、なんて言うけれど本当にそう。愛の捉え方も人それぞれ。
与えたい愛と欲しい愛。
2つが噛み合わないとただただ虚しい。
無意味な愛だ。

でもあれを経験したからこそ、母を一人の人間として見るようになった。親は子どもの万能な理解者でもなんでもなくて、ただの人間なんだって。母にも母なりの愛の形があるんだって。

とってもツラくて未だに思い出しては苦しくなるけど、確かに母からの愛も感じられた出来事。
愛の形は人それぞれ。愛の捉え方も人それぞれ。愛って難しくて、面倒くさくて、温かい。