「あなたの名前は、8月生まれだから葉がついているんだよ!絶対」
国語の先生がそう言ってくれたお陰で、すんなりと旧暦を覚えたから、有り難いことなのかもしれない。あのドヤ顔は忘れてやってもいいだろう。
なんせ、私は知っている。予定日から1週間もおなかに居座っちゃっただけだと。もともとの日付に生まれたら、あの先生は文ちゃんとでも私のことを呼ぶのだろうか。
私の名前は、生まれるずっと前から決まっていた。もともと姉に付ける予定だったものを、名付け親選手権で親戚に負けてやっと末っ子で実現したと、両親からたくさん聞かされた。野望がやっと叶ったのだと、何度も何度も聞かされた。
父は適当な人だ。子供の名前を、出身地の母校でもない高校の名前にするような、そんな父だ。
そういうものの、8月に生まれたお陰か、真っ直ぐと太陽を見続けるひまわりに親近感を覚えられたし、暑い日に食べるアイスも大好きになった。ついでに、ライオンも大好きだ。
父からもらったガラスの置物はすぐに落として、角が欠けた
私の家族はそれなりに仲が良かった。毎週末は家族みんなで外食に出かけるのがきまりだったし、年に一度は旅行にも行った。特に、上の姉が星の王子様が大好きだったこともあり、箱根にはほぼ毎年訪れていた。
父は、自分の子供達は天体が好きなんだと勘違いしていたけれど、 姉は単に、未年生まれだったから、あのポツンと一匹いる羊に親近感を覚えただけなのに。
そんなこんなで、父は名前以外にも私に、星座に纏るガラスの置物をくれた。まだちんちくりんの私は、もちろんガラスなんて繊細なものをすぐに落とした。もらった3日目には、既に置物の角が欠けていた。
今から思うと、ちっちゃい子供にガラスの置物なんて危ないし、あげるもんじゃないと本当に思うが、そこまで気が回らないのが父である。
とにかく、私はガラスの置物が割れてしまったことにすごく泣いた。お母さんには、自分が悪いんだからもう泣かないように言われたが、もうそういうことじゃないし、悲しいし、とにかく泣いた。
今もテレビの前にあるガラスの置物は、ときどき私に話しかけてくる
父のことをそんなに好きじゃなくなってからも、私はその置物を時々眺めている。母や姉に暴力をふるうあの人は、あのライオンをくれた人とは別人にみえた。
気付いた頃には、姉はもらったものは全て捨てていた。 ガラスの星座の置物を持ってるのは私しかいない。
今では、姉達は結婚して遠くに住んで、父とも縁を切っている。でもなぜか、ヒビの入っている置物を、私は捨てる気にはなれなかった。
太陽に当ててみる。くすんでいるから、光らない。そのくせ埃が被るとガラスだからすごく分かりやすい。
仕事でのミスで、悔しくて一人で泣いているとき、彼氏に浮気されたとき、
「でもあなたは、楽しかった時間がちゃんとあったから、どうせ大丈夫なんでしょ」
ライオンがふと、話しかけてくる。
久しぶりに埃を取ってやろう。うるさくて傷だらけで、大好きなライオンにくっついている埃に息吹き掛ける。くしゃみが出る。
どんなに嫌いになっても、大好きだった頃の思い出は私にしがみついて離さないでいる。