人生の大きなターニングポイントを終えた時、込み上げてくる衝動がある。それは、「あー、香水を変えたい」。
ちょこちょこ試したいミーハーな季節的なものではなく、思い切ってがっつり変えたくなるのだ。
これは私が生涯止められないであろう癖であり、またそれにまつわる思い出も捨てられないのだろう。
香りにひと目惚れした高2から、香水と共に成長していく旅が始まった
最初に出会った香水はクロエのオードパルファム。高校2年生の頃、整形級の化粧に飽きて、目に見えないところで自己主張をしたいと思って一目惚れした香水だった。
ピオニーの人懐っこいフローラルな香りの後に続くローズやシダーウッドに、大人を感じたことをよく覚えている。こうして香水と共に成長していく旅が始まった。
2番目に出会った香水は、今でも自分のミドルネームくらい絶対的な安定感を与えてくれる洋梨がトップノートのグタール、プチシェリー。
母がつけていたこの香りは、アメリカへの短期留学帰りの強い自己表現と自分らしさの狭間で困惑した私を落ち着かせてくれた。安易かつ急速に欧米化された私のアイデンティティーは、それまでに養われた本来の性格と喧嘩をするようになった。
日本では息苦しい。でも、アメリカの文化にもどこか疑問を呈する。そんな時に母から香ったこの一見美味しそうで、ローズやムスクといった優しさに変わってもまとまっている匂いに救われた。
強さの中に優しさを止める美しさを、まずは香りから身につけることにした。
一本使い終わる頃には、また次のターニングポイントが
時は流れ大学3年生の秋。卒業単位も順調に集まり、卒業後のイメージができるようになったこの時期、学生のうちに人生で忘れられない恋愛をしたくなった。
そこで手を伸ばしたのは、かの有名なランバンのエクラドゥアルページュ。香水が苦手な男性でも抵抗の少ないレモンやライラックの香りで、触りの印象を上げていく狙いだった。しかも香水ではなく同じ香りのクリームにすることで、更に控えめな主張となる。
作戦が功を成してか、今でも忘れられない最高な人と出会った。でも彼が私を抱き寄せて耳元で呟いた「これはなんて香水なの」の意味は、「この香水を身につけた女を他にも知っている」だったのだろう。
嗅覚は五覚の中で最も記憶に残るもの。ふと虚しさを覚えたのは私の浅はかさが露呈されたからだった。
その後も様々な局面でこの癖に従って香水を変えた。面白いことに、一本使い終わる頃にはまた次のターニングポイントを迎えている。そして去年の10月に憧れの香りに手を伸ばす準備が出来た。
ディオールのジャドール。ボトルのデザインは女性の身体を彷彿させる艶かしいカーブがかかっており、香水の色は黄金色。試すのも躊躇われる見た目に、いつかいつかと思い焦がれていた。そして社会人6年目にして大学院受験を決意し、それまでのキャリアをポーズさせる覚悟をしたら、またこの癖が顔を出した訳だ。
マグノリアに始まる歴史あるこの香りを身につけると、つい背筋が伸びる。「架空の花」と呼ばれるに相応しい、この世に存在しない新しい研究をしていこうと前向きな気分にさせてくれる。
未来を目前にした時、新しい香水を求める。明るい思い出を作るために
香水にまつわる記憶は主体的なものばかりではない。そして優しい思い出であるとも限らない。
出来れば捨ててしまいたいものだってあるのに、今日も有無を言わさず、電車の隣の席の人から香るその匂いは、タイムマシーンに乗ったかのように何十年も前、真逆な季節に私を連れていく。だからこの癖を止められないのかもしれないな、とふと思う。
香りとともにポジティブな思い出を作りたいから、未来を目前にした時に真新しい香水を求める。明るい思い出を自分自身で作っていくために、そしてその応援ソングのように側に寄り添ってくれるものを手に入れるために。
ちなみにあのジャドールは残り10分の1程。次のチャプターが始まる予感がする。