ドイツに行ったあなたへ

かつて、ピアニストだったクララ・シューマンが、遠く離れてしまった、友人であり、作曲家であった、ヨハネス・ブラームスに宛てて、手紙を書いたように、私もあなたに手紙を書いてみようと思います。

友人で、仲間。音楽への熱意と感受性を尊敬していました

コロナで騒がしかった間に、大学も休校となり、卒業式もないまま、気づいたらあなたはとても遠いところに行っていたのですね。
学年で一番素晴らしいピアニストだったあなたは、きっとドイツでも、相当熱心に勉強しているのだと思います。
私たちが出会った高校生の頃のこと、今でもたまに思い出します。

あなたは私にとって、友人で、仲間であり、その音楽に対する熱意と感受性は、心底尊敬するものでした。
レッスン室で、何時間もただ、演奏の表現や解釈について語り合い、遊んでいた日々が、今の私の一部分を作ってくれたとさえ思います。
まだ二つ折りの携帯だった時代に、突然電話がかかってきては、何の要件があるわけでもなく、作曲家について話したり、作曲家たちが読んでいた小説について話したり、電話を持つ手が痺れたことも何度もありましたね。

抱きしめてくれたあなたの優しさに、泣きそうになりました

ある日の帰り道、あなたと、共通の友人と3人で楽器を弾いて遊んだあとに、京王線の車内で「君は自殺をしようと思ったことはあるか」と聞いた日のことを覚えていますか?
わたしたちは小説や作曲家に影響されて、痛みや悲しみについて話すことは多かったものの、そこまでの話をしたことはなかったですね。
そして私が「ある」と答えた時、あなたが見たこともないような怖い顔になって、何も話さなくなりました。

そのままあなたが降りる明大前の駅に着いて、ひと言も話さないあなたとどうやって別れようかと思っている間に、私の手を引いてホームにおろし、そのまま私を抱きしめてくれましたね。
あなたの後ろにお尻の絵が描かれた、痔のポスターが大きく貼ってあって、せっかく抱きしめてくれるならもう少し素敵なところが良かったと、ちょっと思ってしまいましたが、そんなことは関係なく、その時の私の辛さに共感してくれて、ただ励ましたいと居ても立っても居られなくなった、あなたの優しさに泣きそうになりました。

そのまますぐに、共通の友人に明大前の駅で「君は彼女が死んだら悲しむよね!?」という謎の電話をして、電話先の彼も何が起こっているのかわからないまま、「まぁお葬式で泣きはするかなぁ」と呑気に答えてくれて、電話を切ったあなたは私の存在の大切さについて語ってくれましたね。

作った楽譜をくれたとき、一生大切にすると誓いました

それからしばらくして、根も葉もない私の悪い噂が学校に流れて、一緒に過ごす時間が一気に減りましたね。
あなたには「君は変わったね。冷たくなった」と言われたけど、冷たくなったのではなくて、人と話すのが怖くなり、あなたが私のことをどう思っているのか知るのが、怖かったのです。
その半年後に私は最愛のペットを亡くし、でも翌日も学校を休むわけにも行かず、ひとり登校していた私に「何かあったのか」と気づいて声をかけてくれたのは唯一あなただけでした。

そんな優しくて、人の痛みに敏感で、真面目なあなたが、ピアニストとして活躍する傍ら、作曲家として作った曲の楽譜を、私にくれた時、この楽譜は一生大切にしようと心に誓いました。
「Elegy」と名付けられたタイトルに相応しい、悲しく美しい曲でした。
手書きで書かれた音は全て、濃い筆圧で、丁寧に読みやすく、あなたの真面目さと熱意を表しているようだと思いました。
人と話すのが怖くなって、自分から離れていった私にも、そんな素晴らしい楽譜をくれたことに、当時は驚きと喜びと、少しの切なさを覚えていたことを今でも覚えています。

これはあなたが私にくれたもの。捨てられるわけがないでしょう

数年後に大学で会った時、「あれは若気の至りのようなもので、後世に残したくないから捨ててくれ。燃やしてくれてもいい」とあなたに言われたときは驚きました。
それはあなたお得意の皮肉じみた冗談なのか、本心なのかはわからなかったけれど、捨てられるわけないでしょう。
きっと今ならより良いものが作れる、不出来なものを残しておきたくないと思ったのでしょうけど、これはあなたが私にくれた、私のものです。
あなたが有名になっても、ならなくても、ずっと私の手元において、人に見せることもせず(もちろんあなたがいいよと言ったら見せるけど)、大切にします。
何もないところから、何かを創り出すという行為が、どれだけ難しく、どれだけ素晴らしいことなのか、少しはわかるつもりだから。

また、この話の続きは、いつか会った時にしましょうね。
でもきっと、私があなたの言うことを聞いて、この楽譜を捨てるなんてことは一生しません。