断捨離しても捨てられない。友人とつくったビーズのブレスレット

春からの寮生活に向けて、断捨離をしたときのことだった。思い出深いが故に捨てられないものがたくさん出てきて、つい手が止まってしまう。
友人と交わした手紙や、幼い頃から大切にしていたぬいぐるみが捨てられないのは当然のこと、アクセサリーを整理していても捨てられないものがあった。

普段使わないだろう子供っぽいものは思いきって捨てて、友人とオソロイで買ったブレスレットやネックレスは捨てられないので別にして、アルバムやら手紙やらと共に一つの箱にまとめる。
そして極めつけは、もはやブレスレットの体裁さえ保っていない、透明なプラスチックケースに入った状態のビーズ。それこそが私にとっての捨てられないものだ。

それは、小学生のときに友人の家へ遊びに行ったときに作ったブレスレットだった。
ビーズは友人が用意していて、テグスはなかったので輪ゴムで代用しただけの簡易的なブレスレット。見映えはしなくとも、当時の私たちにとっては楽しい時間を過ごした。

一緒につくった友人は、私を嫌っていたのかもしれない

彼女とは同じクラスになったばかりだったが、母親同士も親しくなり、親子で家に招待された。彼女の家に行ったのはその日が最初で最後。その後、今度は私の家で他の友人も交えて遊んだことがあった。
そのときの私が何か粗相をしてしまったのかは、もう思い出せないし、直接聞こうともしなかったが。気づけば、それを最後に、一緒に遊んでくれることはなくなっていた。
それだけならまだいいが、私はクラスでも次第に孤立していくようになる。多くの女子の私と接する態度はよそよそしく、私を嫌っているように感じた。
共にブレスレットを作って遊ぶくらい仲良かったかつての友人。とりわけ彼女の当たりは強かったと記憶している。

修学旅行でたまたま同じ部屋になれば(同じ部屋になりたい友人はおらず、ただの数合わせだった)、私に聞こえるように陰口を言い旅行の雰囲気を台無しにし、クラスでは触れるだけで嫌な顔をされるなど、一つ一つは小さくともあからさまな嫌がらせが続く。
他のクラスに友人はいたし、力になってくれようとした子だっていた。だが、彼女は少なからず私の心に傷を作った。一度は仲良くしていた子に裏切られたこと、クラスの多くに嫌われ、それが癖になってしまったこと。
それでもなんとか卒業までそのクラスでやり過ごし、中学校は同じだったが、関わることはなく。

友人との思い出がつまったビーズは、どうしても手放せない

私が地元を離れる前、思わぬ形で彼女と再会した。私が買い物をした先の店でバイトをしていた彼女。店の制服を着ていても名札を見ればわかる。大人にはなっていたけれど、顔や声もあの頃と大きく変わってはいない。
私は、あくまでも客として振る舞った。向こうはきっと気づいていないだろうから。もしかしたら私のことを、覚えてすらいないかもしれない。
トラウマを思い出して、顔を見ただけで辛くなるかと思ったが、そんなことはなかった。時間がショックを和らげ、懐かしさすら覚えた。私だってあれから色々あり、大人になったのだ。

輪ゴムが劣化によって切れて、手元に残ったのはビーズだけ。でも捨てられない。捨てたら、かつての友人との思い出も捨てることになる。
あの日の思い出に、こんなに執着しているのは私だけでもいい。
彼女と友達でい続けることは出来なかったけれど、私たちにも仲が良かった頃があったという記念に、あるいは彼女につけられた傷を忘れないための戒めとして、持っていてもいいだろうか。
友人との思い出の品のビーズ。そう簡潔に言うのは違うと思えるくらいには、思い入れがありすぎて。どうしても手放せない。