約8時間の陣痛が、どれほど激痛に襲われ壮絶だったか。
その事実は覚えていても、具体的な痛みはもう今となってはよく思い出せない。
ただひたすら、ずっと強い波に揉まれている気分だった。
花畑とシミを行ったり来たり。この綺麗な花畑でゆっくり眠れたら
穏やかで綺麗な花畑を流れる小川に浮かぶ幻覚をみたかと思えば、急に現実に戻り、陣痛室の壁にある小さな黒いシミを睨み、また綺麗な花畑に行って、陣痛の間隔が狭まるにつれ頻繁に花畑とシミを行ったり来たりした。
「このままこの綺麗な花畑で、ゆっくり眠りたいな」
そんなことを思った瞬間、大きなアラーム音が耳をつんざき強制的に現実に連れ戻され、シミを見る間もなく分娩台に運ばれ、そのまま娘が出てきた。
小さくて赤くて温かくて、うねうね手足を動かす不思議な生命。
喜びもさることながら、一人の人間をこの世に迎え入れた責任を負わねばならない人生がスタートしてしまった、という思いに全身に力が入り、しばらく固まっていた。
生きることに、執着できなかった。
学生時代は勉強も部活も頑張りきったし、両親も先生も喜ぶような大企業に就職できたし、好きな人と結婚生活を楽しめたし、もう何も後悔はない。親から命を授けてもらえた責任は、もう果たせただろう。
毎日仕事で理不尽な叱責と人格否定の怒号を浴び続け、無能な生ゴミ扱いをされるうちに疲れきってしまった私は、もう現世に未練がないことを理由にして生きる意味を見失っていた。
私は頑張ったよ。
もう、十分じゃないか。
生死の境で誘惑に負けそうになった瞬間、我が子が連れ戻してくれた
そんな折、娘を授かった。
悪阻は入院するほど酷く、もう二度と経験したくない悪夢だったけれど、毎日少しずつ大きくなるおなかを撫で、ポコポコ元気に蹴る足を自分の指で押し返して遊ぶ瞬間は、なんとも言い難い幸せな気持ちに包まれた。
「この子をきちんと産んであげるためには、私が健やかに生きていなければならないな」
持ち前の責任感が功を奏し、ほんの少し生きる活力が湧いていた。
それでも、陣痛中の綺麗な花畑の誘惑には勝てなかった。
何もかも全てから解放され、穏やかに眠りたいと願ってしまった。
後から聞いた話で、私の母も私を産むときに同じような光景を見ていたことを知った。柔らかな陽射しに包まれた綺麗な花畑で、母は大好きな亡き祖父母に会えたらしい。
手を振り走って近づこうとした瞬間、自然分娩から一転、大量出血で緊急手術となり帝王切開で私が取り出された。
父に言ってもへらへら笑われて終わったから、母はただの夢だと思い、ずっと胸に閉まっていたという。
私の夫も、「三途の川とか信じちゃうタイプ?」とニヤつきながら茶化してた。
それでも、私にとっては真実だ。
母にとっても、真実だろう。
生死の境に立たされ、甘い誘惑に負けそうになった瞬間、我が子が連れ戻してくれた。
生きて。
その訴えが、命の火をもう一度灯してくれた。
娘だけずんずん前に進んでいては、私が置いていかれてしまう
最近の娘は、毎日新しいことを覚えてくる。保育園で習ったであろう歌と踊りを楽しげに披露してくれ、私が教えてあげるからママも一緒にやろうと言わんばかりにしきりに手を繋ぎ、ニコニコと微笑んでくれる。
昨日まで出来なかったことが、今日はすっかり出来ていて、明日にはその次を目指している。
毎日目まぐるしく成長する様子をまざまざと見せつけられると、自分ばかり停滞してはいられない気持ちになってくる。
私も前に進もうか。
娘だけずんずん前に進んでいては、私が置いていかれてしまう。
娘の成長を側で見届けるには、置いていかれてる場合ではない。
この世にはまだまだ知らない世界が沢山広がっていて、頑張れる余白が沢山残っている。
頑張りきったなんて、未練がないなんて、おこがましい。
私も成長しよう。
出産時に娘が綺麗な花畑から連れ戻してくれたおかげで、私は生きる力を取り戻すことができた。
娘が産まれた瞬間が、そのまま私の第二の人生がスタートした瞬間だ。
生きることに、執着しよう。
大切な人と、進み続けるために。