「がんばれ」「すごいよ」「大丈夫」
この世界には、ほんとうにたくさんの言葉で満ちあふれている。
誰かを励ます言葉や、感謝の気持ちを伝える言葉。
誰かを傷つける言葉や、感情に任せて口をついて出てしまう言葉。
意図せず放った言葉が相手の心を温めたり、励ますつもりで放った言葉が相手の心につめたく突き刺さったり。
できることなら、あたたかい言葉を贈りたいけど、どうしたって受け手の気持ちは分からないから、どうにかして伝えることしかできないもどかしさが伴うこともある。

それでも、どんな言葉も放つ人の心がこもっていれば、その人の体温がのっていれば、それは「ほんとうの言葉」として受けとることができるんじゃないかと私は思う。
そしてそれは、どれだけ時間が経ったとしても、贈ってもらった人の心をいつまでも温めてくれると信じている。

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私が背中を押してもらったと感じる言葉はたくさんある。
家族はもちろん、会ったばかりの人や昔なじみの人。見知らぬ誰かが放った言葉が、知らず知らずのうちに背中を押してくれることだってある。
もちろん暗くてこわい側面もある言葉だけど、その反面で、どんなに素敵で高価な贈り物より、大きなちからをもっていると信じずにはいられないのだ。

その中でも、私には今なお心に残り続けている大切な言葉がある。
その言葉を贈ってくれた人とは、私が新卒で入った会社を通じて出会った。
「はじめまして」の挨拶をした瞬間から、その人の周りを漂う温かい色に惹かれて、私はたちまちその人のことが好きになった。

向日葵みたいに笑顔がまぶしくて、涼しげなショートカットがよく似合う凛とした女性。
したたかで、だけどどこか儚げで、きっと私の知らないところで生きることをがんばっているのがひしひしと伝わってくるような、そんな人だった。
素敵なところを挙げればキリがないけど、やっぱり私はその人の笑う顔や紡ぐ言葉が大好きで、会うたびに、顔を見るたびに不思議と元気が出たものだ。

同じ部署で新しいプロジェクトを進めながら、うまくできないと自分を責める私に「初めてなのによくできてる」「ほんとうにすごいことなんだよ」と、上辺じゃなくて本心で言葉を伝えてくれたことを思い出す。
その人も含めて素敵な人がたくさんいた職場だったけど、いろいろあった末に、最後には辞めることを選択した。

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引っ越し作業も終わらせて、すっかり空っぽになった部屋のなか。
ぬるいフローリングの上で、西日本の夏の暑さを忘れてしまわぬよう、大の字になって寝転んだことを覚えている。
今日でこの町とさよならするんだなぁと、自分でもよく分からない心もちでいたとき、スマートフォンが小さく鳴った。
「今からふくちゃんの家、行っても大丈夫かな?」
連絡はその人からだった。
LINEで住所を送ると、少ししてから家のインターホンが鳴った。
ドアを開けた瞬間、その人が目の前にいることに心底、安心したことを覚えている。

実は小説家を目指していることをはじめて話すと、その人も昔、友人と一緒に本を作ったことがあると話してくれた。
だから、私がはじめて本を作ったときには、きっと読んでくださいねと小さく約束をした。
ほんの5分ちょっとの立ち話だった気がするけど、こうして会いに来てくれたことが嬉しくて、気持ちがいっぱいになった。
最後にお土産をもらって、いよいよさよならの時間になったとき、その人は面と向かって私に言った。
「あなたには才能がある。だから、ふくちゃんなら絶対になれる」

その人は、まるで自分自身に言い聞かせるように、だけど、確かに私に伝えるためにそう言ってくれた。
真剣で真っ直ぐすぎる表情と、言葉にのせられた熱の高さ。
心の底から伝えようとしてくれているのが分かった。
目の奥がじんと熱くなって、油断したらこぼれ落ちそうなひと粒の体温をぐっと堪えて、元気でね、のハグをしたあとに「ありがとう」と笑顔でお互い手を振り合った。
姿が見えなくなるまで見送ってひとりになったとき、その人が贈ってくれた言葉を私はこの先ずっと忘れることはないだろうと確信した。

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今もその人とは、ときどき連絡をとっては近況を報告したりする。
嬉しいことに、私はフリーライターとして言葉に関わる仕事ができて、さらには昨年はじめて書いた小説を自費出版することもできた。
そのことを伝えると自分のことのように喜んでくれて、約束どおり私はその人に初作品を送るのだ。

きっと、あのひと言がなくても小説家を目指す未来は変わってなかったと思うけど、あのひと言があったからこそ、私は本気で立ち向かおうと思うことができた。
それは、紛れもなくその人が贈ってくれた言葉だったから。
あたたかな体温ののった言葉だったから、私は信じることができたのだ。

私もいつかはその人みたいに、励まそうとして励ますんじゃなくて、ほんとうに思った気持ちを、ほんとうの言葉にのせて誰かに贈れたらと思う。
もう何年も会うことができてないけど、次に会ったときには心の底からの「ありがとう」を伝えて、言葉じゃ足りない分の「ありがとう」はハグに込めて伝えようと思う。