誰かにこんなにも本気になったのは、10年ぶりだった。
3ヵ月片思いを続けた相手への気持ちが抑えられなくなって、人生で初めて告白をした。
そうして付き合った彼とは、1ヵ月付き合って、一度も会えないままお別れを告げられた。
あぁ私ばかり好きだったなと、ひたすら苦しい時間を過ごしたこの恋は、続きの話なんてなかった方がまだよかったのかもしれない。
◎ ◎
彼からお別れを伝えられ、音信不通になって2週間が経った頃、久しぶりにLINEが届いた。
心身共に体調を崩してしまって、ずっとちゃんと話さなきゃと思っていたけどできなかったこと、少しの間仕事を休むことになったことが綴られていた。
一時よりは回復したから送ってくれたようで、そこからまたやりとりが続いた。
恋人ではなくなっても私はずっとあなたの味方でいるから、少しでも力になれることがあったらなんでも言って欲しいこと、あなたのこんなところが素敵だと思っているということ、そんなことをただひたすら伝えた。
別れた彼とこんなやりとりをするなんて、もう好意なんてばれてしまっているけれど、これまで伝えてきた以上に好意を見せているような気がして、自分でももうよくわからなかった。
「来週あなたの街にいく予定があるんだけど、少し会えないかな」
やりとりを再開して数週間が経った頃、そんなことを言われた。
最後にあった日から、もう2ヵ月が経過していた。
それでも私は彼からそんなことを言ってくれたことが嬉しくて、浮かれ切っていた。
そこからの1週間、美容室に行って服を決めて、万全の自分になれるように準備を進めた。
だけどその日が近づくにつれて、よくわからない感情になった。
◎ ◎
曲がりなりにも別れた恋人に会いたいというのはどんな心境なんだろうとか、彼は何を伝えるつもりでいるんだろうとか、考えれば考えるほど不安になった。
楽しみと不安とのシーソーにぐちゃぐちゃになりながら、答えなんて何もわからないまま、約束の日を迎えた。
午後の早い時間から暇になるという彼に合わせて、朝弱い私は初めて前倒しのフレックスを使った。
定時ジャストの帰宅途中、電車に乗って着く時間を伝えて、改札前で待ち合わせた彼は電話中だった。
聞くと午後は休みを取っていて、本当はこのためにわざわざ来てくれたらしい。
だけど私を待っている間リモートで仕事をしていたから、普通に働いていると思われて問い合わせが来てしまったということだった。
「こうでもしないと会えないと思って」
そう話す彼の言葉の意図が、私には余計わからなかった。
◎ ◎
駅から歩いてカフェに向かっていたら、彼から初めて手を繋がれた。
余計に混乱したものの、ただ彼と手を繋いで歩いている事実が嬉しくて、上手に息ができなくなりそうになる。
それでも一息ついて彼から伝えられたのは、本当に申し訳なかったということだけだった。
何をどう伝えたらいいかわからなくて、あとはもうひたすらに他愛無い話をした。
この1ヵ月はどうだったとか、新人さんのこととか、なんでもない日常をつらつらと話し続けた。
そのままカフェを出てからも、駅前のロータリーで夏になりかけた空気を感じながら、夢から醒めない時間を過ごした。
いつも幸せそうな人たちが話をしているこの場所に彼と二人でいることが不思議で、ここにいる人のうちどれだけの人が、本当に幸せな二人でいられているんだろうと思った。
夜も深まってこの後どうしようかと話していて、公園に行くか私の家に行くか帰るかの3択を前に、帰らないでと駄々をこねた。
結局私の家に行くことになって、いつも彼のことを好きで好きで苦しいと思いながら歩いている道を、彼と二人で歩いた。
「ずっと時間がなかったわけじゃなくて、本当はずっともっと早く連絡しなきゃって思ってたの」
◎ ◎
街灯がまばらな道を歩きながら、彼が話し始める。
「だけどどうしてもできなくて、あんなに時間が空いてしまって」
私もそういう状態になったころがあるから、それくらいはわかる。
今彼はどれくらい元気なんだろうと思いながら、でも彼の話すあれこれを聞いていると、まだしっかり回復なんてしきれていない気はしていて、どこまでのことを言っていいのか悩みながら歩いた。
家について、二人きりになった。
それでもまた、他愛無い話ばかりして、本当に話したいことにずっと触れられなかった。
そんなことばかり繰り返していたら、彼からふいにキスをされた。
これはいけないと思ってやっと、話の舵を切り替える。
今のこの関係は何と聞いたら、初めて彼から好きだと言われた。
「好きではいるけど、付き合えない?」と尋ねた答えは、「自分に自信がないの、また同じことを繰り返すことが怖いし、幸せにできない」だった。
どうして、別に幸せにしてくれなくたっていいの、誰だって未来どうなるかなんてわからないよ、私がつぶやく言葉たちが浮かんでは消えを繰り返したけれど、そんなのは彼には響かなかった。
「自分勝手でごめんね、ずっと苦しかったよね」と言う彼を前に、彼の前で初めて泣いた。
会ったのはこの日が4回目だった。
◎ ◎
夜が深まらないと話せなかったせいで、終電のない時間になってしまって、彼を泊めた。
暗闇に目が慣れた頃、彼から好きだと繰り返し言われた。
床で寝るよという彼は、私が眠るまでずっと手を繋いでくれていた。
だけどこんな状態でしっかり寝ることなんてできなくて、途中で起きてしまったら、その時の物音で彼も起こしてしまった。
どうにもならない午前3時、彼とただただ抱きしめ合って、結局そのまま朝を迎えた。
一人で帰るよという彼を、私が送りたいから送らせてと押し切って、駅まで一緒に向かった。
玄関で最後に苦しいくらいのハグをして、改札で2回振り返って手を振る彼を見送った。
こんなに好きなのにどうして一緒にいられないんだろうと、一人になった帰り道、別れようと言われた時よりももっと、頭が整理できなくなった。
今日があってよかったと、今は思う。
だけどきっと明日も明後日も、このせいで今までよりももっと苦しむ自分が見える。
誰かの一番になることは、こんなにも近くて遠いところにある。