3年前の年始ごろ、私には迷いも悩みも無かった。
就きたかった仕事が軌道に乗ってきて、気になる彼とは数回デートをしていて次の約束もある。家族関係も良好で、仲の良い友人もいる。来月には大好きな海外旅行の予定もある。なんてハッピーな人生なんだろう。全てがうまくいっている。
そんな気持ちで友達の付き添いで手相占いに行った。

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「占いにでも頼らないともうやっていけない……」という友人に対し、こんな幸せそうで悩みも無いような人間は占いに行く必要なんてきっと無い。私自身も「何を言われても多分来月には忘れてるだろうなあ」なんて思っていた。
だけど、あの手相の先生の言葉を、今でも私は思い出すのだ。今も私の背中を押したり励ましたりしてくれる、魔法の言葉を残してくれた。

先生は第一声に、私の手のひらを見て「ツヤがあって良いわね。心が健康な証拠よ」と言った。
「おお、当たってる」となんとも偉そうに心の中で思った私は、素直に先生の言葉に耳を傾ける。
「バランス感覚がいいね。決断力や行動力もあるけど、決して後先考えないというわけでもない。もたもたすることもない。言葉が少し強いから気をつけて。結婚は、25歳から30歳の間にするよ。好きなことしかしない性格でしょう。家庭的で良い母になるけど、専業主婦にはあんまり向いてないかもねえ」
私の手の線をあちこち指差しながら、あれこれ言う先生。
ふむふむ、と聞いているけど、何かにピンと来ることもない。むしろ、「なんだか普通だな。誰にでも言えそうなことばかりだな、私の手相って平凡なんだなあ……」と、そんなことばかり考えていた。

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家庭に入らず働け。いい母になる。もたもたしないし、後先考えないわけでもない。
これって、個性が無いみたいじゃない?何かが抜きん出ているわけでもなく、極端なマイナス面もない。なんだかつまらないな。
オールBの成績表を見ているような微妙な気持ちになっていた私に、先生ははっきりと言った。
「つまりさあ、すごく欲張りね。仕事も家庭も趣味も、全部やりたいのよね。ひとつじゃ満足できないんでしょう、わがままね。だけどね、それで良いのよ。あなたは欲張りになっていいし、好きなこと沢山しなさい。全部手に入るから」
その言葉は、私にとって魔法の呪文みたいだった。大した根拠も無い、知らない占い師の言葉であっても、その言葉は確実に私の心を潤わせた。
オールBに見えた成績表は、実はオールA+だったのだ。
「二兎を追うものは一兎も得ず」という言葉は私に至っては嘘だった。「二兎欲しいなら二兎追え」が私の中の正解で、この世にそういう欲張りな人間がいたっていいんだ!って思えた。

この先生はこの後すぐに私のことは忘れるだろう。先生がこの言葉の責任をとってくれる事も無いだろう。
だけど、私はこの言葉の通りに生きていきたい。そんな風に思える言葉をくれたのは、見ず知らずの、一期一会の占い師の先生だった。

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占いに対して、「なんでそんなお金の無駄遣いするの?」と思う人や、「所詮占いだし」と言う人もいる。私だって期待して行ったわけでもなく、友人の付き添いのついでに行ったような人間で、占いってそんなに信用度の高いものでもないと分かっている。
それでも私は、あの先生にあのタイミングで出会えたこと自体に、すごく運命を感じている。

その後の数年、ずっと幸せな人生を歩めたわけではない。
大好きな仕事を辞めたいと思ったことも何度かあったし、デートを繰り返した彼とは音信不通になったし、大好きな海外旅行にも一時は完全に行けなくなってキャンセル手続きもした。悲しくて辛くて、嫌になる日は何度もあった。
落ち込んだり、泣いたりすることは生きていれば当たり前にある。大事な取捨選択に迫られる事もある。
そんな時、辛くても迷っても、私は先生の「欲張りになって良い」「全部手に入る」を思い出して、前向きに進めるのだ。