夜8時、真っ青のランニングシューズが海岸沿いを駆ける。ギアを上げ、道行く人を追い越す。額から無数の雫が顔を伝い首筋に流れる。不思議と気持ち悪さは感じない。
「すいちゃん少し痩せた?」
「え、そうですか?何もしてませんよ?」
「じゃあ気のせいかな?あ〜、痩せたい」
「ほんとにそうですね」
差し入れの甘そうなクッキーを頬張りながらこちらを見る先輩に、いつもと変わらないトーンで返しつつ、マスクの下でニヤリと笑い心の中で呟く。
「先輩が足踏みしている間に私は先に行かせていただきます」

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「かわいい」
きっかけはインスタで偶然見つけた、日本で活動する韓国のモデルさんだった。
眉下のシースルーバングにサイドはタイトなショートヘア。
シンプルながらも個々のパーツを引き立てるメイクがよく合う、笑顔の素敵な女性だった。
「彼女みたいになりたい」
これまでも見苦しくない程度に体型維持やメイクを行ってきたが、こうなりたいと強く思ったのは初めてだった。
彼女のようになるにはやることは山積みだが、やるしかない。そうして一ヶ月ほど前、私は「人生史上最高の女になる計画」をスタートさせたのだった。

まず私がすぐに始めたのは、より体を絞ることだった。
彼女はモデルなので、基本的にどんな服も綺麗に着こなしている。その中でもキャミソールワンピースといった肌の露出が多い服が彼女のラインの綺麗さをより引き立て、私は釘付けになった。
惜しみなく自身の体を曝け出すにはそれ相応の努力が必要だ。その日以来、ほぼ毎日自分で決めた6kmのコースをランニングすることにしている。

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最初はほぼウォーキングだったランニング、正直今でもきつく、家を出るまで重い腰を上げるのにだいぶ時間がかかる。しかし、彼女のようになるんだと言い聞かせ走り始めると、目の前に広がるのは夜の海と対岸の街の光。時折通る飛行機のライトを眺めながら歩くカップルを追い越し駆ける夜は、なんとも言えない達成感をもたらす。家に着く頃には今日も走ってよかったと心の底から思えるのだ。
仕事の疲労によっては、ランニングに行く気力が湧かない時もある。そんな時は竹脇まりなさんの宅トレ動画を見て励まされながら宅トレに励む。
元々完璧主義の私は、一回でも心が折れてしまうと瞬く間にしなくなる、0か100かの人間だ。100%はできなくても少しでもいいから頑張る、それが完璧主義と折り合いをつけるための私のルールだ。

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そうして続けること一ヶ月、変化は目に見えて現れた。体重が落ちたことはもちろんのこと、腹部から腰回りにかけた部分が薄くなり、二の腕の外側がモコッとすることがなくなった。以前、体型と自己肯定感は比例すると聞いたことがあったがまさにその通りで、私は一ヶ月前より確実に自分の体やここまで継続できている自分自身のことが好きになっていると断言できる。痩せていることが正義というわけではなく、何かを努力できているということが、自信に繋がっている。
まだまだ道半ば、自分を許してあげながら継続していきたい。

道半ばの「人生史上最高の女になる計画」だが、体型以外にもう一つ、私にはやらなければならないことがある、メイクだ。
これまでメイクにこだわりのなかった私はお世辞にもメイクが上手いとは言えず、むしろ運動よりもこちらの方が私にとってはハードルが高いままである。
幸いにも彼女はインスタのリールにてメイクアップ動画を複数投稿している。それらを参考にしつつ、自分に合ったコスメを探し、そしてつい先程、国際便にて選び抜かれた韓国コスメたちが到着した。
正直不安な気持ちでいっぱい、だがやってみないことには始まらない。
「すいちゃん、メイク上手くなった?」
そう話す先輩を思い浮かべながら一呼吸おいてサンクリームを手の甲に出し、中指で頬に乗せる。さあ、彼女のような最高の女になろう。