言葉が出てくる時ってどんな時だろうか、ふと考えてみた。
落ち込んだ時、笑えなくなった時、
大好きな人からもらった言葉に、心の底から救われた時。
伝えたい言葉があるときに限って、伝えたい時に君はいつだって1番近くにいない。
言葉って陽がある場所で見つからなくて、
影になってから分かったって意味なんてないのに。
◎ ◎
コロナ禍で知り合った人だから、笑った時の笑顔と電話越しの声で、
人を覚える以外に方法がなくて。
たまたますれ違いそうになった学校のエレベーターホールで、
スタッフさんが聞き覚えのある苗字を呼んでて。
気付いた時にはもう既に、自分から声をかけていた。
まさか大事なデータが入っている忘れ物のUSB1つで、
話すきっかけがあるとは思ってもみなかった。
会える予定の最後の日。
もらってた案件の話を本当は全部受けたかったけど、
状況的に断る以外に方法がなくなって断った。
ありがとうって正直に、素直に言えればいいのに、ありがとうって伝えられないもどかしさを、もう2度と会えない覚悟を決めて、手紙に記した――たった1行に込めた。
「私にとってずっと目標の人でいてください」
手紙を書こうってその場で思いついて、即席で作ったから、
書いた手紙の字の汚さは異常だったけど。
時間が経った今でも、渡した時のちょっと嬉しそうな顔をずっと忘れられなくて。
私にはそれが、あの人にとって宝物が1つ増えたかのように。
それでいて、守りたい笑顔が1つ増えた気がした。
その手紙を、私の目の前で大事そうに名刺ケースにしまっていた。
私の見えないところでいらないって捨てられてないかな、って思うけど、
あの人のことだからきっとそれは大丈夫。
大事なものも必要なものも、もらった言葉も、渡した言葉も、大好きな笑顔も、
目に見えるから大切なものだってはっきり分かるものだけが全てじゃない。
◎ ◎
また1つ。また1人。
時間をかけて束ねた言葉の花束を、自分の小さな手で手放すことを選んでしまったけれど、最後の最後まで、私のことを決して見放したりせず、ずっと一緒にいてくれたこと。
ずっと憧れでいられる背中を見せ続けてくれたこと。
いろいろなことが重なりすぎて私自身が1度落ちた時、悲しい思いをさせてしまったこと。
びっくりさせてしまって、本当にごめんなさい。
自分を作ることなく、自分を演じることなく、1番好きな自分を見せていられること。
素の自分だけじゃなくて、1番落ち着く自分でいられること。
本音で思っていることを言葉にすれば、ありがとうって、
ずっと手を離すことなく抱きしめ続けることができたらいいのにって思う。
抱きしめた指の隙間から、大好きもありがとうも全部、こぼれ落ちてしまう気がして嫌だ。
溢れ出るだけならまだいい。
だけど、こぼれ落ちるのは嫌。
伝えなきゃ、言葉は伝わらないままだってことは、とっくの昔に聞いたことがある。
伝えなきゃいけないのは分かってるけど、だけど伝えなきゃっていうプレッシャーの中で伝える言葉って、意味がないというか、どこか冷たいような、言葉の意味が空っぽのような気がして私は好きじゃない。
ずっと言えなかったけど、ありがとうって言葉を、
大好きな君に向けて抱きしめ続けていたい。
◎ ◎
僕は大好きな君の笑顔に満たされるだけじゃなく、
僕の世界も、君の世界もずっと大好きだって言える世界の中にいれたらいい。
離れてから分かったことがある。
僕はずっと言葉にしなきゃって焦ってたけど、そうじゃなかったんだよね。
また何度でも君を笑顔にしたいだけじゃない。
君が自分も笑顔も失った、その時は辛いに一を足して、
君にとって幸せになれるように、僕が一になり続けたい。