「May I pass?」
その言葉を発するのに、どれくらいの時間がかかっただろう。
約11時間のフライトの最後に振り絞った一言に、どっと汗をかく。
疲労が蓄積した腰をさすりながらゲートをくぐると、こちらに手を振る人が一人。
なれた言葉で会話をし、車に乗って空港を後にする。
窓の外の見慣れない景色、ラジオから流れる聞きなれない言葉に高揚感を覚える。

車を走らせること20分、YHAの前で下ろされ、速まる心臓を無視し扉を開ける。
彼女が何と言ったのか、ほとんど聞き取れないまま部屋へと向かう。
横になると同時に、ようやくここが現実なのだと実感が湧いてきた。
ニュージーランド南島にあるクライストチャーチから始まった、初めての異国一人旅。
苦くもあり甘くもあった、あの夏の一人旅。

◎          ◎

私、ここに行きたい。
きっかけは歌手TAEYEONの「I」という曲のPVだった。
この曲と出会ったのはちょうど大学三年生、当時の私は就職活動に向けて何かをしなければならない、しかし何をしたらいいのかわからない。
現状に不満はあるものの、行動できない自分にヤキモキしていた。そんな時に出会ったのだ。
PVでは現状に不満を抱く主人公が今の居場所を飛び出し、輝く自分を見つけにいく描写が描かれていた。また歌詞にも「人生は美しい」その言葉が何度も繰り返されており、自身の可能性を信じて飛び出す勇気を与えてくれるようだった。
そしてそのPVの撮影場所が、雄大な自然を持つニュージーランドだったのだ。

いくしかない。やれば何か変わるかもしれない。
そう信じた私は、ろくに英語も喋れないにも関わらず一人旅への作戦を練ったのだった。
自ら旅程を組み、それを叶えてくれそうな旅行会社に片っ端から連絡を取った。
ニュージーランドを専門で取り扱っていた会社が何とか引き受けてくれ、私の世界に一つだけのニュージーランド旅行が出来上がった。
正直、親を説得するのが一番大変だった。日本と同レベルで安全とはいえ初めてで一人旅、父親に至っては最後まで首を縦に降らなかった。しかし、母親が戸籍抄本をこっそり送ってくれたおかげでパスポートを入手し、反対を押し切って私は成田国際空港を旅立った。

◎          ◎

クライストチャーチからテカポ湖を経由しマウントクックへと向かう旅程のうち、半分は現地で知り合った日本人の方々と共にしていた。ニュージーランドは意外にも日本人が多く、日本語が飛び交っていた。日本を離れて一人、楽しみだったとはいえいざ現実となるとどうして良いかわからず、常に不安が付き纏っていた。そんな時に聞こえてくる聞き慣れた日本語の安心感は何者にも代え難かった。
とはいえ、一人になる時間というのももちろん存在し、その際感じたのは「言語の大切さ」だった。食材を調達する際のレジで従業員の方が話しかけてくれても、同じYHAに泊まっていたバックパッカーの方が話しかけてくれても、苦笑いで返すことしかできなかった。

もちろん理解できることもあったがすぐに言葉が出ず、相手にもういいやと言った表情をされた時のメンタルのえぐられ具合と言ったら今でも思い出すだけで悲しくなる。
しかし、それが私の実力だった。もし、少しでも言葉が交わせたら、そう考えるだけで私の旅行はもっと何倍にも面白いものになったのではないか、という想像が止まらなかった。悔しかった。

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自分を変えたいと思い決行したこの旅行、ニュージーランドに行く前の私の中では正直、初めての海外旅行を一人で行うことを決断し計画したこと、それだけで自分が変わったと錯覚し、既に旅行が終了していた気分でいたように思う。
しかし実際には、始まってすらいなかった。旅行で得たものは、変わらなければいけないという信念と焦りだった。ニュージーランドに赴き、PVのような雄大な自然に溶け込めば、眩いばかりの主人公になれると勘違いしていた私の目を覚まさせてくれたのが、苦くもニュージーランドの自然と多くの羊だった。

あれから6年、当時よりはいくらか武器を揃えた私は、再びニュージーランドへ赴くことを心待ちにしている。