ちょっと前までニートだったせいか、夏の暑さで死にそうだった。
祖父の実家では小さな農園を営んでいるのだが、その手伝いをしなければならず、夏なのに日差しもない屋外での作業をしなければならなかった。
真夏の灼熱でも虫除けや日焼けのために長袖長ズボン、作業のために軍手は当たり前で息苦しい。

幼い頃から手伝っておけば、少しは慣れたのかもしれない。
しかし農園を手伝うようになったのは、祖父を手伝いさえもしなかった全く体力も筋力もないアラサーの身体だ。
それまでは実家の冷房の効いた部屋でずっと寝ていたから、余計タチが悪い。

8年ほど働きもせず快適な実家でぐうたらしていたニートだった。本当のことをいうとメンタルからくる病気があり、かなり苦しんでいたのだ。
しかし農作業を灼熱地獄の中、頑張っている猛者たちから見れば、涼しい部屋のありがたみもわからず「苦しい」の一点ばりはムカつくかもしれない。

◎          ◎

そもそも私が祖父の農園を急に手伝うことになったのは、ニート生活を卒業するためだった。
理由は推しのライブに行くための遠征費を稼ぐために働きたいから。
そのためにまずは祖父の農園でちょっとずつお手伝いをして、生活リズムを整え体力をつけようという話だった。とてもありがたい話だ。

だからめちゃくちゃやる気はあった、しかし真夏は本当に暑い。息苦しい。
ただ、暑いくらいでお手伝いさえもギブアップしてしまうようでは、「ふーん。推しへの気持ちは夏の暑さには耐えられないくらいのものなんだ」と誰かに言われるような気がして、お手伝いを投げ出すことはしなかった。

正直、暑いなか、単調な農作業をするのは頭がイカれそうだった。
日焼けも気になるし汗でベタベタドロドロな自分自身にも萎える。
「農業は作物との会話、自然との対話」なんてものは都会育ちでマンションのベランダでハーブを育てたことしかない奴が考えたキャッチコピーやねん、と急に発狂してしまうくらいしんどい。あとめっちゃ虫がいる。本当にいろんな面でしんどかった。

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しかし、私は耳元でずっと推しの声を聞いていたから、なんとか耐えられた。
イヤホンをつけて、推しのラジオや音楽をずっと流していたのだ。
自然の山や草の音を聞くなんてことをしなくてすみません。
自然の中で目を瞑るといろんな木々や小鳥の囀りが聞こえてくるのかもしれないけど、暑いと蝉の声しか聞こえて来ないのが田舎の事実だ。

とにかく暑さでおかしくなりそうな自分を、推しの声は正常に保たせてくれた。
そして「私はこの推しのために頑張って暑いなか作業をしているんだもんな。この農作業を乗り越えれば、さらに外に働きにいけて、お金を稼げて、推しのライブに行けるんだよな」
とワクワクすることができた。

農作業は、収穫というステージではめちゃくちゃ楽しいが、それまでの工程は本当に地味でワクワクはあまりできない。
農園をずっと営んでいた祖父でさえも、収穫以外は面白くないよねと言っていたほどつまらないところが多い。
しかし、それでも私は自分自身のモチベーションを、推しの声を聞くことであげていた。

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それでも、35度を連日超える真夏日のせいで熱中症には何度もなった。気持ちだけでは暑さを越えられない。
ずっとニートだった体力のない身体はもちろん耐えられるわけがない。
熱中症になって、点滴して、寝込んで治して、また農作業に向かうという繰り返しをしていた。

しかし、「いい加減こんなに熱中症を繰り返すのは効率悪い!!!!」と思い、暑い時に作業をしなくてもいいように、早朝の午前3時に起きることにした。
そうすれば午前4時には作業を始められる。お昼の1番暑い時間帯に作業をすることは避けられるように1日のタイムスケジュールを組んだ。

しかし、午前3時という早朝どころか真夜中に起きるのは本当にきつい。
外も真っ暗なので体内時計がおかしくなり、スーパー早起きはむしろ寿命を縮める危険性を感じた。良い子は真似しないでほしい。

それでも起きなければならない。このままではまた熱中症を繰り返す。
私は試行錯誤した結果、午前3時に推しのライブ映像がテレビで爆音で流れるようにタイマーをセットした。
爆音がタイマーにより鳴り響くと、「うるさ!!!」と言いながら、推しと一緒にライブ映像に合わせて踊り、目を覚まして、農園に向かった。

田舎だから爆音でも近所迷惑にならなかったけど、外から見たら不審極まりなかったと思う。だけど朝から文句を言いながらも推しのライブ映像で踊るのは普通に楽しかった。人間は厳しい局面に立たされると馬鹿になった方がいいのだろう。

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そんなちょっと癖のある夏の生活を、涼しくなる時期まで過ごした後には、私の体力は少しだけレベルアップした。元ニートがここまで体力をつけられるんだ、と自分でも感動した。
その後に収穫シーズンが到来してその年の農作業は終了、その直後に単発バイトの派遣にせっせと通い、推しのライブ遠征費を稼ぐこともできた。

あの夏で私は、推しと共に少しだけ成長した。
今年の夏も暑いが、推しへの熱い気持ちで、いろんなことを乗り越えていこうと思う。