その街は、学生たちの間で「近畿のシベリア」と呼ばれていた。
私が4年間の学生時代を過ごしたその地は、緑豊かな自然と人の優しさに溢れた、とても素晴らしい街であったが、およそ便利とは言えない田園都市であったため、きらきらした学生生活を夢見ていた多くの大学生たちには不人気なようであった。

恋愛経験がほとんどなかった私の「試練」

4年生の2月、卒業まであともうわずかという時期に差し掛かった頃、私はある試練を乗り越えようとしていた。それは、以前から少し気になっていた男の子と人生初のデートに行くことであった。

それまでの私に恋愛経験などほとんど無く、誰かをご飯に誘うことすら初めてという状態。それでも、多くのことを経験できた4年間で自分にもようやく自信がつき、周りの友人の応援もあって頑張ってみようという気になったのである。

とは言ったものの急に勇気が出るはずもなく、気になり始めてからしばらくは何もできずに悶々としていた。その状況が変わったのは1月の終わりに入ってからのことである。
それは友人と二人で駅前の居酒屋に行ったときのことだった。いかにも学生らしい、酒の席での恋愛トークを初めて友人と出来た嬉しさに、私はその時舞い上がっていた。その高いテンションの状態で、私は深く考えずラインの送信ボタンを押してしまったのである。「会いたいから明日、こみんかに来てほしい」と。

緊張しながらも、人生初デートの約束を取り付けた

こみんかとは、その当時私が参加していた学生団体が活動拠点としていた場所のことで、毎週そこに行って学生同士の交流を楽しむのが当時の私の生きがいであった。
そのこみんかに来てほしい、というのは文字面だけ見れば何らおかしな誘いではないのだが、素面に戻った私にとってはとんでもなく恐ろしい事態であり、次の日生きた心地がしなかったことは言うまでもない。
しかし、嬉しいことに彼は来てくれた。これまでにないほど緊張しながらも私はその日、人生で初めて意中の男の子にデートの約束を取り付けることが出来たのである。

人生、いいこともあれば悪いこともある。結論から言うと、私の恋は実らなかったのである。しかし、それもまたいい人生経験だし、いい勉強になった、と割り切れている。
私にはそれも、自分を強く成長させてくれたこの街のおかげのような気がしてならない。

ところであのデートの話に戻るが、私達はまず普通にご飯を食べてからその後、まちを歩くことにした。私は普段から散歩やまち歩きが趣味でよく歩くので、これがとても楽しかった。

街はどこまでものどかであった。川沿いを二人で歩くと初春の風が心地よく、日が落ちて暗くなるまで田園風景の続くあまり知らない道を、ひたすら二人で喋りながら歩いた。
おしゃれな店があったわけでも珍しい景色に出会ったわけでもない。今から思えばあれが人生初デートとはいかがなものかとも思うが、いや、だからこそいいのじゃないかと思い出すたびにいつも思わずにやけてしまうのである。

「ふるさと」になったあの街で見上げていた月

あの街でみる月は、いつも綺麗であった。おそらく、過度な街の明かりや高層建築に邪魔されにくいからだろう。あの日、帰りに別れた駅で見ていた月も、とてつもなく綺麗であった。
街を離れた今でも時々、あの頃が恋しくなる。あの場所、あの日々、あの月が懐かしくなる。

私達はまだ若いが、きっとそのうち街にいた知り合いが皆いなくなる日が来る。あの街を訪ねる理由が無くなってしまう。私たちが過ごしたこみんかや、当時の景色もきっと姿形を変えていくだろう。

そうなってもなお、私はあの街を好きでい続けるだろうか。10年後も50年後もまだあの街に帰りたいと思っているだろうか。そうであってほしい。いや、きっとそうであるはずだ。
誰だって、人生に大きな影響を与えた街を忘れることはできない。だから人はそんな場所のことを、生まれた土地でもないのにふるさとと呼びたがるのだろう。