父に実は伝えたいこと。

母によると、父は話すのが下手らしい。
他人とコミュニケーションがうまくとれない。本人は精一杯聞いたり喋ったりするが、どうもズレている。相手をイラつかせてしまう。

そういうところが、父にはあるのだと母は言う。
そして母は、長いあいだそんな父のサポートをし続けてきた。疲れることもあるのだと、ぽつりと漏らした。

カメラに凝る父。家族を被写体に時間をかけてシャッターを切る

父との記憶。わたしが小さいころ。
朝早く出勤し遅く帰るサラリーマン。晩御飯も別に食べる。六畳間に並べて敷いた4枚の布団の、いちばん端。その隣の布団を姉と毎夜争奪した。父の隣にいる時間は貴重。

酒飲みでビール好き。晩酌のとき頬擦りするとビールくさい。「オッサンのニオイ」と姉と名付ける。くさいから近寄らないようにしているというのに、わざと頬擦りしてくる。くさくて、ヒゲが痛い。

サッカー好きのワールドカップ時期は、大ごと。対戦表を壁一面に貼り拡げ、毎日赤マジックで戦績を書き込んでいく。家族全員で、グッズのおまけ付き商品を買い集めて献上する。

写真に、カメラに凝る。テレビ局の撮影かと思われるようなでかいビデオカメラ。重すぎてフラつき構える望遠レンズ。一脚、三脚、高さの出る三脚。5泊旅行でもできそうなサイズのカメラバッグ。エトセトラ。

被写体はもちろん家族。どこへ遊びに行くのにもフル装備、子供たちも手分けしレンズを担いで、遊びに行くのが恒例。
一回シャッターを切るのに、時間をとことんかける。後ろに写り込む人が去るまで。風が止むまで。もしくは風がそよぐまで。太陽の光が雲間から差し込むまで。

わたしも姉も、早く遊びたい。駆けまわりたい。被写体としてカチンコチンになっているのは窮屈しごく。それでも父は、いつでも同じだけ時間をかけてシャッターを切る。

数ある写真。父自身が写っているものは少ないけど、全てに父の気配がする

次の休日に、フィルムを取り出し現像に出す。そして次の休日に受け取りに行く。一緒にライトボックスの上でネガを覗き込む。ときたま、ネガを覗く拡大レンズで目がおっきくなる遊びをやる。プリントされた一枚一枚の写真を、アルバムに挿し込んでいく。ポーズをとってモデルよろしくキメている、たくさんの自分の写真からお気に入りを見つける。皆のそれぞれのお気に入りは、父の選別を経て特別版アルバムに挿し込まれていく。

積み上げられた特別版アルバムは何冊になるだろうか。昔は定期的にアルバムを開いて家族で楽しんだものだが、見返すことも減ってしまった。それでも10年、20年、色褪せずそこにあの日がある。優しく。写真家には、写真に表れる個性があると思う。父の写真は、光が優しい。柔らかくこまかな光が、私たちの上で薄く燐光をはなつ。とても上質な紗のように。
写真数々の中で、父自身が写っているものは少ない。だがすべての写真に、父の気配が漂っている。

アルバムを開き、父の言葉を知る。気恥ずかしいけど「ありがとう」

いつからかわたしの子供時代が去り始め、父が話す言葉を鬱陶しく思うようになった。思春期が終わっても、違和感ばかり感じる話し下手な父の言葉を厭わしく思い、ますます会話が減った。やっとわたしは今、父の言葉に気付く。

シャッターを切る音が、霧雨のようにアルバムに降る。雨上がりの匂やかな光は静かに立ちのぼり、そんな父の言葉はそこにありつづける。

母と姉と、アルバムをひらく。女3人せわしなく喋りながら、思い出を記憶の向こうのほうから呼び起こす。笑いあいながら、アルバムを繰る手が止まらない。

ひとしきり過ごし、次第に母も姉も静かになる。そしてなにごとかを思い耽る。たまに疲れるとぼやく母も、会話が続かないと悩む姉も、父の言葉に触れる。その言葉は、母の姉の目尻に、優しく皺をえがいた。

気恥ずかしいが、父にいつか伝えなければなるまい。
ありがとう。