あの緑色のケーキが食べたい。
実家の横を流れている川に掛かっている橋を車で越えてすぐの個人経営の料理店に売っていた、あの緑色のケーキ。

誕生日、クリスマス、イベントがあると家族で行っていた。お店の中は黒基調のシックで洒落た感じだったのを幼心に覚えている。夜はバーになるようなカフェバーだったんだろうか。
肉か魚の選べるランチを食べる前に、毎回必ずケーキが並べられているレジ横のショーケースを確認していた。よし、今日もあのケーキがある。絶対にあれを食べるぞ、と、意気込んでいた。

しかし、私が10歳くらいの時、突然その店が閉店してしまった。悲しくて悲しくて、ぽっかり心に穴が開いてしまった。
好物が減ってしまうショック。その隙間を埋めてくれるケーキには、まだ出会えていない。あの味がめちゃくちゃ恋しい。

◎          ◎

なんとも言えない、癖のあるケーキだった。
あれは、抹茶味のケーキだった。一口食べて、普通の抹茶ケーキとは違うと分かる。
よくあるさっぱり系の抹茶味ではなく、もったりと表現すればいいのか、生クリームの比率が高く、ケーキなのにのどごしが良い。
あと、抹茶味なのにピスタチオ感もあったのかもしれない。もう15年以上前の記憶だから実際は分からないが、とにかくおいしかった。ケーキを包んでいる銀紙も手作り感があるアルミホイルで一個一個包んであるのが好きだったなぁ。
誕生日の日に、2つおねだりして、2つを独り占めできたときの優越感はすごかった。すごく大切に食べた。
あ~、書いてたら更に食べたくなってきた。

どうして閉店してしまったのか。大人の今なら、店主に理由の一つでも聞いて自分なりに納得もできるものの、10歳の私には理由を聞いて理解するという、そんな力も無く、ただ泣き寝入りするしかなかったのだ。
ある意味失恋だ。理由も分からずフラれるようなショックに似ている。
失恋は新しい恋で更新、とは良く言うものの、ケーキもケーキで更新するべきなのか。
どこかに無いだろうか。私の心の隙間を埋めてくれる、緑色のケーキ。
だけど、もし今食べれたとして、あのときの感動は味わえるのだろうか。思い出ってほぼ補正されるし、実際は普通の味だったのかな、とも思ったり。

◎          ◎

大人になると、何に対しても感覚が鈍くなっていく(私だけ?)。はじめて経験することも減っていき、子供の頃に嬉しかったことがそうでもなくなっていたり。悲しいことだ。
自分で稼いで、多少高くても食べたいものを食べられる今。対して、特別な日にしか買ってもらえない、緑色のケーキ。
どっちが幸せなんだろう。
今でも、美味しいものは大好きだし、食べることは幸せだ。でも、いつでも欲しいものが買えたり食べられたりする今よりも、たまにしか食べられない方が満足度が高かったと思う。
どれだけ良いものや高いものを食べても、満たされない気持ちになるときもあるし。
結局は心の持ちようなのかもしれない。

なんだか大人になって、贅沢を覚えてしまったような気がするので、ちょっとの期間は質素な食事をしてみようと思う。
質素な生活を続けてみて、1ヶ月くらい続いたら、ご褒美に抹茶味のケーキを食べてみようかな。そうしたら、少しはあの味に近いものを感じられて、心が満たされるかもしれない。