この前、友人と久しぶりに旅行をした。高校からの付き合いで、大学1年生の頃から毎年旅行をしていた彼女たちと、3年ぶりの旅行。

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旅行に行くまで、話が弾むかなとか、何か事故があったらどうしようとか、急に行けなくなったらどうしようとか、不安ばかり抱えていたけれど、旅行を終えて家路を急ぐ道すがら感じた気持ちは、無事に会えて良かったという喜びと、心地よい疲れと、ここ数ヶ月ぶりの明日への希望だった。
コロナ禍は私から彼女たちとの旅行を奪った。私の、年に一度の楽しみをいとも簡単に。そして、私は「旅行に行こうよ」のたった一言を言うことにとても臆病になった。

私たちは4人組で、大学の頃からみんな普段は遠いところに住んでいる。だから、LINEでやり取りはしてもみんなが集まって会うことができない。お酒を飲んだり、ご飯を一緒に食べるのは年に一度の旅行の時か、同じ時期に帰省する時だけ。しかも、社会人になってからは帰省時期に会えなかったから、年に一度の旅行が唯一の再会の時だった。
普段電話で話していても、直接会うのは全く違う。たとえ電話で恋バナはできても、目の前にいなければ着ている服やヘアスタイルを褒めることはできないし、同じものも食べられない。目の前を通り過ぎたかっこいい人やオシャレな人がいたとしても、一緒に盛り上がることもできない。私にとってこの旅行は心から楽しみにしていたことだった。

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だからコロナが流行り、旅行ができなくなった時、私はやり場のない怒りを感じた。私の住んでいる地域ではコロナになると村八分にされるような雰囲気があって、県外に行くことは物凄い悪いことをするような感覚だった。
昨年からワクチン接種が始まり、薬も出始めてやっと世間は旅行をし始めたけれど、彼女たちが住んでいるのはまん防とかが出るような大都会で、会うこともましてや旅行もできなかった。

そのうち、彼女たちとの連絡が途切れだした。私自身、田舎に住んでいて話が合わないなと感じたり、彼女たちとの電話で口論のようなことが起きたり、ひどいことを言ってしまったりしたことが何度かあり、電話をしても楽しくないと感じ始め、気がつくと疎遠になっていた。私は意識的に彼女たちと距離を置き始めた。

それからしばらく経ってこのまま疎遠になって、この関係も無くなってしまうのだろうかと、ぼんやり考えていた頃、ふと友人の1人から久しぶりに連絡が来た。
今度帰省するから、少し会えないかと。

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彼女に会ったのは、梅雨明けの前の暑い日だった。会うまで緊張と怖さでガチガチになっていたのに、2年半ぶりに会った彼女は私が知っている姿そのままで笑ってくれた。私が言ったひどいことも怒っていなくて、私との関係も何も変わっていなかった。話が止まらず、時間が惜しくて、楽しくてたまらなかった。
もっと一緒に過ごしたい、また旅行に行きたい、そんな気持ちが久しぶりに沸き起こった。

でも、コロナに感染したらどうしよう?それよりも今まで散々、彼女たちからの連絡を断り続けた私が旅行に行こうよと誘って乗ってくれるのだろうか?
そもそも、今、目の前で朗らかに笑っている彼女は私との時間を本当に楽しんでいるのだろうか?その場しのぎなのだろうか?
27歳にもなって、中学生のように友達の気持ちが気になって怖くなった。そして、彼女と縁が切れるのは何よりも嫌だと気づいた瞬間、怖さよりも勇気が優った。
震える声で「また旅行に行こうよ」と呟いた。彼女はよく見知った笑顔で「いいよ、行こう。いつにする?」と聞いてくれた。

その時ふと、大人になっても勇気って振り絞るものなんだなと思った。
勇気を出したい瞬間って、他の人から見たらたわいのないことでも、私にとってはめちゃくちゃ大切な場合があるのだとも思った。本当に大切なことは失ってから気づくというけれど、失う前に気づくことができて良かったなと。
歳をとるほどいろいろなことが変わっていくけど、彼女たちとの関係性は変わらずにいたいと思った。これからも大切な縁は大切に繋げたい、切れそうな時は勇気を出して繋げたい。
とても大切な人たちだから。