「あー、今年もあと少しで終わりかー」
10月に入ると、やたら「今年の残り日数」についての話題が多くなる。そんな話が耳に入っても、私は今年の未練なんてものを全く感じない。思うことがあるとすれば、「今年のクリスマスはどんな感じかな」とか、「大晦日はどこで何をしようか」とか、これからの予定のことばかりだ。

1年が終わるということは、また1つ歳を重ねるということ。私も今年で27歳。まぁまぁいい歳なんだよな、なんてことを思いながら、今年が始まった時のことを静かに思い出していた。

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「3、2、1……ハッピーニューイヤー!」
秒針がてっぺんを越えると同時に、MCが盛大に新年到来を祝う声が響き渡る。毎年大晦日を過ごす、とあるお店。趣味仲間のみんなと共に1年を終え、また新たな1年を迎えるのが恒例となっていた。

逆に言えば、私が誰かと大晦日を過ごすとしたらこの人たちしかいない。周りの女友達はみんな結婚し子どももいる。彼氏がいるわけでもないし、実家に帰省したところで何もすることがない。そうなると、自然とこの場所に足が向く。ここに来れば必ず誰かいる。何をしたいとか誰に会いたいとか、何も考えなくても誰かには会えるのだ。
そんな中、気づいた。
「あれ?私ここで何したいんだっけ?」ということに。

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今まで深く考えたことがなかった。いや、深く考えないようにしていたのかもしれない。
ただなんとなく過ごす日々。周りに合わせる自分。何をしたいとか、誰といたいとか、自分の主張が無いということ。
1人で過ごすことに全く抵抗が無いはずなのに、大晦日は誰かと居たくなる。クリスマスは1人だとしても「クリぼっち」というネタになる。
きっと私は「ネタにならない本当の寂しさ」が苦手なのだ。だから、大晦日は誰かと過ごすために、なんとなくみんなの元へ向かって、なんとなくその時間を過ごしているのだ。

それが決して悪いことだとは思っていない。みんなといることは楽しいと思っている。でも、「なんだかマンネリしてない?私の人生」というのが本心。
毎年同じことの繰り返し。寂しさの穴埋め。それならいっそのこと、思いっきり寂しく過ごせばいいんじゃないか?人の目なんか気にしないで。

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そこで私の中で、ある決心が生まれた。誰かがそうしているから、他の人はやっていないから、私もみんなと同じことをする、というのはもうナシにする、ということ。人の目ばかり気にして、寂しさを埋めるために本当にやりたいことを見失って、そんな繰り返しで歳を重ねていくのは御免だ。

みんなと違う方向を見ていてもいいじゃないか。別に誰も私のことなんか見てないし。大晦日の出来事をきっかけに、見つめなおすことになった私の人生。
大晦日までまだ日にちはあるけど、さてさて、今年の大晦日はどこで何をしようか。考えがまた振り出しに戻る。でもきっと、今年はマンネリな答えにはならなさそうだ。