下北沢駅から徒歩5分程度の場所に、そのカフェはあった。
雰囲気がある木製の扉をくぐれば、シモキタらしいお洒落な雰囲気の店員さんが出迎えてくれる。ほの暗い店内には、ユーモアのある装飾や置物が。私のお気に入りメニューは、タコライスとガトーショコラだった。ふらっと1人で立ち寄った日には、スパイシーなチャイティーを飲むことも。
下北沢を訪れる度、そのカフェに行っていたような気がする。友達や家族、そして当時の恋人と。たくさんの人との思い出が、その場所にはぎゅっと詰まっていた。

当時の恋人と下北デートをしていた日も、ランチは迷わずそのカフェへ向かった。私はタコライスを注文し、そのカフェに初めて訪れた当時の恋人にも同じものを勧めた。
ピリ辛のタコミートとドリトスの食感がアクセントになっているそのタコライスは、野菜もりもり、ご飯ももりもり。ひと皿でお肉、野菜、お米を楽しめる絶品だ。時たまガパオライスに浮気してしまう日もあったが、私の本命はやっぱりタコライスだった。

◎          ◎

大満足なボリュームのタコライスを平らげた頃、満腹なはずのお腹に別腹を生み出してしまうほど魅惑的なアレを注文する。それは、お店で毎日手作りしているというガトーショコラだ。
このガトーショコラが、驚くほどに美味しい。口の中でとろける様ななんとも言えない食感と、くどすぎず濃厚なチョコレートの味わい。
あのガトーショコラを、私は何度食べただろうか。その店のガトーショコラは、甘党の私が今までに食べてきた数多ものガトーショコラのなかで確かにナンバーワンだった。

デートであのガトーショコラを食べた日も、友達とのお喋りに花が咲いてちょっと長居しすぎてしまった日も。あのカフェで食べた味が、その日の思い出に華を添えてくれていた。思い出すたび、ほくほくとした美味しいきもちを思い出す。
あの場所は、いわばパワースポット的な存在だったのかもしれない。私生活の変化に伴って下北沢から足が遠のいていた時期も、そのカフェのことをふとした時に思い出しては、あのガトーショコラを食べたい!と思ったものだ。

◎          ◎

そろそろ古着屋さん巡りをしたいなと思い立った久しぶりの休日、ひとりで小田急線に揺られて下北沢駅に降り立つと、駅前の雰囲気が何やら真新しくなっている。ここは本当に下北沢か?とやや不安になりながら駅を出て、私はいつものあの場所、あの味を求めていた。
東口を抜けて徒歩5分ほど。様々なお店が立ち並ぶ路地の2階にそのお店はある。

階段を登って、目の前には木製の扉。「CLOSE」の札が下げられた扉の奥に見える店内は暗く、しんとしていた。
今日は休業日なのだろうか、と検索エンジンにカフェの店名を打ち込んで、暫くその場に立ち尽くす。そのカフェは、数か月前に閉店したらしい。

私は、下北沢にさえ向かえばあの味をいつでも食べられると思っていた。終わらないものなどないというのに、あの場所だけはいつもそこにあってくれるような気がしていた。
それほどの安心感とエネルギーをくれる場所だったのだ。私はあのカフェが、あの味が、大好きだったから。

◎          ◎

あのカフェがあった場所の目の前を、今でも通りがかることがある。そのたびちょっと上を見上げては、奇跡的に「OPEN」の札が掛かっていたりなんかしないだろうか、と叶いもしない妄想をしてしまう。
あの味はもう、この世界のどこにも存在しない。すごく寂しくて悲しいけれど、それでも私は、あのカフェを、あのガトーショコラの味を覚えている。きっと私と同じように、あのカフェに思いを馳せる人がたくさんいるだろう。

下北沢という街に根差したあのお店の記憶は消えない。あのカフェで食べた味を思い出しながら作ったタコライスはどうしても同じ味にはならなかったけれど、私はいつまでも、あの場所で感じた「美味しい」ぬくもりが大好きだ。