4か月にわたる休職最後の日曜日、部屋の大掃除をした。
すっきりしたくなったのだ、なんとなく。

卒業アルバムや文集につい見入ってしまって、なかなか作業は進まない。小学校、中学校と順に眺め、「もう卒業から10年も経つのかあ」と過ぎる日々の速さに若干の恐怖を抱きつつ、高校の卒業アルバムを開く。
顔写真と一人一言のコメントをパラパラと流し読みしていると、H君のコメントが目に入る。学年一の秀才だった彼のコーナーには、こう書いてある。
「全力で走った者にしかポカリスエットのおいしさは分からない」
ああこのセリフよく言っていたなあ、そう懐かしくなると同時に、私の意識は高校2年生の夏へ飛んで行った。

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大抵の高校生がそうであるように、私にとっても青春は夏だった。
高校2年生の夏。17歳の夏。私は女子サッカー部員だった。同期は9人。サッカー経験者は1人だけで、皆高校から始めたビギナーだった。
テクニックはなかった。でも「元気いっぱい」という言葉を辞書で引けば、あの頃の私たち9人の名前が書いてある。それくらいにぎやかで、騒々しい毎日だった。

朝8時に校門前集合。おはようと挨拶を交わしつつ、更衣室で賑やかにスポーツウェアに着替える。どうせ汗で取れるのに、皆そこは女子高生で気になるところなのか、入念に日焼け止めを塗りたくる……のも、夏休みの序盤だけである。
夏休み練習も時間が経つにつれ、日焼け対策は徐々に適当になっていく。そして終盤になると全くつけずに4時間の練習をこなす猛者も出てくるのだ。今頃猛者(だった者)は、年齢を重ねるごとに日焼けダメージの蓄積した、肌のビフォーアフター画像を見て怯えているころだろう。

練習は基本走りっぱなし。休憩に入るとすっかり喉はカラカラだ。マネージャーが作ってくれた、粉を程よくケチって市販品より少し味の薄いポカリスウェットを、ぐびぐびと飲み干す。
走って、転んで、滑り込んで、ヘディングして。4時間の午前錬が終わるころには、汗まみれの泥まみれだ。

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練習が終わると、真っ裸になってシャワー室で汗や泥を洗い流す。悲しいかな、貧乏公立高校だったため、一人に一つのシャワー室などない。みんなで押し合いへし合いシャワーを浴びる。
お供は、唯一開かれた部会議で投票によって選ばれ共同購入した、シャンプーとトリートメント。シャワー室にゴキブリの巣ができたときは、パンツ一丁でみなで奇声をあげながらゴキブリ退治したこともあった。シャワーを浴び終えてミーティングをし、12時半に解散となる頃には、みんなのお腹はペコペコになっている。

学校を出て駅に向かいしばらくすると、個人経営のコンビニがある。ここが第1のチェックポイント。大体9人のうちの誰かが、「ねえアイス食べたくない?」と言い出す。
夏休み、部活終わり、高校生。この3つが揃った私たちの中に、反対する者などいるはずがなかった。大抵パピコを誰かと半分こ。1人で2個食べるパピコの方が、量は多く満足感は高いだろうに、2人で半分こする方が美味しく感じるのは何故なんだろう。17歳のこの頃から、ずっと不思議なのだ。

第2のチェックポイントは、コンビニの近くにあるお好み焼き屋さん。みんなお金がなかったので、ここに寄るときはイベントがあるときが多かった。数は少ないけれど、皆でわいわいしながら、お好み焼きをひっくり返したのは、なかなかに忘れがたい。

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ここを過ぎると、駅に着く。しかし、駅からまっすぐ電車に乗ることは少なかった。
駅を通り過ぎると、マックがあって、クレープ屋さんがあって、そしてお弁当屋さんがある。ここが最終チェックポイント群だ。
マックはクーポンでフライドポテトが150円のときのみ、クレープ屋さんはここぞ!ってときに。そして我々9人が愛してやまなかったのが、お弁当屋さんのチキンカツだった。

チキンカツは120円でお財布に優しかった。なのに注文してから店主さんが揚げてくれるチキンカツは、いつだって大きく食べ応えがあって、美味しかった。
衣はサクサクで、お肉は厚みがあって。揚げたてのチキンカツを片手に、駐車場でずっとくだらないことを話していた。例えば、チキンカツにかけるのは塩かソースかで、塩派とソース派に分かれてディベートしたりした。食べ終わってもしばらくは解散せずに、くだらないことを、ずっと。
その後駅に行き分かれた後で、ラーメンや牛丼を食べに行ったりもした。チキンカツやアイスのパピコなど、あの頃の私たちにとっては前菜でしかなかった。

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今こう思い出しても震えが出てくる食べっぷりだ。
でもあの頃の私たちは、それでも太らなかった。それほど動いていた。
あの夏、確かに私たちは全力で走り、そしてポカリを飲んでいた。
そのポカリは、秀才H君の言うように、確かに美味しかった。

今、同じ店に行き、同じパピコを食べ、同じチキンカツを食べていても、多分あの頃のようには美味しく感じられないのだろう。
チキンカツに塩をかけるかソースをかけるか真剣に迷っていた、あの頃の私たち。大人になり社会人になった今では、迷うくらいなら2つ食べればいいじゃない、となるのだろう。
でも、そんな量はもう食べられない。そしてそんな食べ方をしたところであの美味しさは戻ってこない。あの時、あの面子だからこそ、あんなに美味しかったのだ。

ポカリ、パピコ、お好み焼き、マックのフライドポテトに、クレープ、そしてチキンカツ。
もう一度食べたい、でも思い出としてそのまま美化させておきたい。
過ぎてみて分かる、あの味こそが私の青春だった。