「俺、結婚するんだ」
小学生の時から知る幼なじみの彼から突然放たれたその言葉は、私には少々破壊力があり過ぎた。
その時初めて、「あぁ、私はこの男のことが好きだったのかもしれない」と思った。
私の頭の中に「蛍の光」が流れた。
大事な何かが終了した気がした。
◎ ◎
男女の友情に関して誰かに意見を問われたら、当たり障りのないように、ただ、"成立する派"と答えた。でもそれは、恐らく自分の本心ではないのだと、どこかで理解してもいた。
けれど、この討論で何かを意見することは自分の恋愛経験値や価値観を人前で晒すだけの恥ずかしい行為に思え、語れば語るほど損をするような気がしていた。
そして今、私は過去にこの件に関して熱く語らなかった事をとても良かったと思い出した。
突然の彼からの報告は、私の中で現実味の湧かないただの音となり、存在感だけを増していった。
彼は本当に誰かの旦那さんになってしまうのだろうか。
結婚をしたら、子供ができたら、彼の中にある優先順位に私は置いてすらもらえなくなるだろう。彼の中から私という存在は消えてなくなってしまうのだろう。
一緒に過ごした全ての時間は、彼の過去となり、小さな記憶として貼られていくのだろう。
私は、決して嫌いになることの出来ない人を好きになっていたのだと気づいた。
◎ ◎
けれど、私なりに彼への好意は精一杯、"好きバレ"させたつもりだった。
私のその無駄な努力とも言えるアピールに、彼は見て見ぬフリを、気づかぬフリを、つまり、私を異性として受け入れることを、拒否したのかもしれない。
彼は、女としての私を見たいとは思わなかったのかもしれないし、私なりに最大級頑張った
"好きバレ"は彼からしたら確信の持てないレベルの謎の行為だったのかもしれない。
ただ、友達に戻れなくなるかもしれないというリスクを取ってまで私と恋愛をしたいとは思わなかったという事は、間違いのない事実と言えるだろう。
そしてその事は、告白という手段を取らなかった私にも言えることなのだろう。
私たちは、友達として居心地が良過ぎたのかもしれない。
恋人同士に性行為でしか得られない快楽や愛情表現があるように、私は彼に友達同士でしか得られない快楽や信頼関係を見ていた。
私たちは異性としてではなく、人間として、お互いがお互いを尊重し合える関係だったように思う。
私の一方的な勘違いかもしれないが、少なくとも私は勝手ながらそう思っていた。
けれどそこに、恋愛の色が混ざることを望んでいなかったと言えば、それは嘘になる。
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彼の存在は私にとって、居るだけで安心感や包容力を感じさせる温かなものだった。
将来、彼の髪や歯が1本もなくなろうが、原型を留めないほど太ろうが、犯罪を犯そうが、私は彼を嫌いになれないだろうし、ずっと味方でいるだろう。
それほどまでに、私は長い年月を通して、彼の人間としての魅力に無自覚に惹かれていた。
そしてそのことは、結婚という現実を彼から突きつけられるまで、無視していたことでもあった。
だから今、私はとても孤独を感じている。
誰にでも今すぐ股を開いてしまいそうなほどに。
もうこれからは、彼に好意を伝えることすら許されない。この好意は、隠し沈め伏せることでしか存在してはならない誰の得にもならないものだ。
彼の女友達、それは彼氏や旦那を持つ女にとって、最も邪魔で不穏な存在。
彼女の男友達、それは彼女や妻を持つ男にとって、最もストレスを与える憎い存在。
想像力を働かせなくても安易に理解できる邪魔過ぎるポジションに自分は位置している。
好きな人の好きな人に嫌われる道を自ら選びたいとは思わない。
彼との全ての思い出に、「ありがとう」と「さよなら」と最大級の「大好きでした」の思いを投げて、私は、彼とよく行ったお店で一人、食事をした。なぜだか何も美味しくない。彼と過去に食べた味は、もう二度と味わえないのだろう。