時間を巻き戻したい夜は幾夜とある。
その多くは恋愛関連で、眩くて、でも空虚で、きっともっと上手くやれた。勇気が足りなかったわけでも、プライドが邪魔をしたわけでもなく、ただ偶然、言葉ひとつ分足りなかった夜ばかりだ。
ほんの少しの不足だが、負った傷は意外に深い。はあ、時間を巻き戻したい。上手くやれたなら、未来は変わったはず……。

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ちなみに、私は幸せなことに20代後半女性と言えるまで生きてこれた(し、これからも長生きする)。
だから、どうやら時間は巻き戻らないらしいことくらい、さすがに分かっている。取り留めもなくそんな夜を思い出したって、感傷に浸れるくらいで生産性もクソもないのだ。ただの現実逃避。
あら、クソなんて。フィー子ちゃん。そんな言葉、レディが使っちゃいけないわ……と、内なる私が紅茶とお菓子を手に、ティータイムを楽しみながら諭す。こうやって、おちゃらけるのも逃げだ。

「時間を巻き戻したい」を「リベンジしたい」に置き換えてみる。すると、自分の弱さが浮き彫りになって情けなくなる。
時間を巻き戻せたなら、元々1回失敗していたことに上書きをするわけだから、失敗は0回、巻き戻しても上手くできなかったなら1回のまま。一方、リベンジをするとなると、違うファイルをもう1つ増やすわけだから、1回の失敗は上書きされないし、失敗が2回に増える可能性だってある。
失敗を重ねる覚悟を持てるか。
そもそも、リベンジのチャンスを掴み取れるのか。
ああ、リベンジしたくない。「リベンジしたい」に置き換えて考えるなんて、自分に嘘をついている。そんな願望、私のなかに無いもん。

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最近の私は恋愛を、そして新しいときめきさえも避けている。
もし彼らが奇跡的に目の前に現れたとしても、彼らを前に私はあの夜を巻き戻せはしないかとばかり考えるだろう。全く別の人にさえ、ときめく気配を感じたら、即座に方向転換を行っている。
トラウマになっているわけではない。何故なら、何度も巻き戻したい夜のあの情景を反芻しては、足りなかった言葉を言えた先の未来を妄想しているのだから。
失敗を重ねたくない。
まだ温かくて甘い夜にどっぷり浸されていたい。
このままいくと、私はフレンチトーストにでもなってしまうと思う。それか、神様にこの願望を勘違いされて、来世はフレンチトーストに生まれ変わることになるだろう。由々しき事態である。

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「いつかリベンジする」
本エッセイのテーマを口に出してみる。
「したい」ではなく、「する」。願望とはまた少し違って己を奮い立たせる決意の言葉のように私には思える。シャキッとする。そして、すんなり自分の中に入ってくる。
リベンジする。そもそも、私は何に対してリベンジをするのだろうか。
彼らに対して、あるいは、いつか訪れるあの夜のような瞬間に対して、かもしれない。
私は、リベンジをしたくはないが、いつかする。
私は私を甘やかすわけにはいかない。自分の背中を押せるのは、いつだって自分だ。
無理に恋愛をしろとは言わぬが、やって来るものを避け続けフレンチトーストへの道を突き進んでもらうわけにはいかない。

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失敗を重ねることを恐れて、目の前の恋愛から、彼らから目を背けない。その強さこそがリベンジの鍵であるし、その強さが備われば自ずと「リベンジをしたい」という願望も湧き出てくると思うのだ。
まだ私にはその強さが備わっていないことは承知している。ただ備わっていなくとも「いつかリベンジする」と宣言をしてもいいはずである。
私はきっと、一歩、踏み出している。
勿論、フレンチトーストへの道ではなくて。