一日が終わり、顔に塗りたくっていたあらゆるものを落として一息つき、鏡に映った飾り気のない顔をふと眺めるたびに、しみじみ思う。
女にとって、外見とはいったい何なのだろう、と。

効率よく美しさを装うためには、世間体やしがらみ、そして他人の視線や価値観といったものに絶えず意識を向けておく必要がある。一歩社会に出たとたん、大多数の女性は「化粧をしなければならない」という強迫観念に、否応なしに囚われてしまうだろう。
これは、もちろん本人自らが「綺麗になりたい」「可愛くなりたい」と望んでいる場合もある。だが、どちらかといえば周囲の働きかけや、あるいは世の中に溢れている目に見えない強制力によるところも大きいと言えるのではないだろうか。

多くの女性は、こう思う。 綺麗でなければ幸せにはなれない?

大人に近づきかけている少女に向かって、周囲の人は何気なく言う。
女の子なんだから、もっとちゃんとした格好をしなさい。もっと綺麗にしなさい。もっと人目を気にしなさい。

化粧をすることに無頓着な女性に向かって、周囲の人はさりげなく問う。
なんでメイクしてないの?若くて肌は綺麗なんだから、もったいないよ。もっとちゃんと化粧してスカートでも履いたら、きっとモテるよ。

テレビをつければ、今流行りのメイク術が紹介されている。手本のようにきっちりと化粧をした女性アナウンサーが、流行の服に身を包み、よどみのない口調で司会をしている。雑誌をひらけば、人気のアイドルが魅力的な装いで愛らしく微笑んでいる。

多くの女性は、私たちは、しだいにこう思うようになる。
美しくなければ、可愛らしくなければ、幸せを得ることはできないのか。

私自身は、化粧をすることそのものは決して嫌いではない。むしろ好きだ。自分自身の主観と直感だけを頼りに顔に次々と色味を足していく行為は、単純に楽しいと思う。
この楽しさは、たとえば子供のころに味わった、真っ白な画用紙にあざやかな絵の具をのせていく嬉しさに、本質的にはよく似ている。まるで世界をまるごと自分のものにしたような、きわめて原始的でシンプルな喜び。

流行りの化粧や雑誌のモデル。 真似をしてもホンモノにはなれない

けれど、一歩外に出れば、人は私に言う。
そのメイクは、あなたの顔には合っていないよ。アイメイクはもっと薄いほうが清楚に見えて良い。ナチュラルメイクのほうが、男性にモテるよ。

私は愕然とする。理解を得られない寂しさや憤りよりも、身の置き所のない後悔がはるかに上回る。一度手にしたはずの世界が、がらがらと跡形もなく崩れ落ちていく音を、耳元でたしかに聞く。

私たちはいつだって、探している。幸せで満ち足りた人生が自分の知らないどこかに潜んでいるはずだと信じて、周囲をきょろきょろ見渡して、そうして吸収したものをひそかに自分の中に取り入れながら、一歩一歩慎重に歩いている。
誰かが誰かに憧れている。遠くできらきら輝いているものを羨んで、自分に取り入れて、時には批評して、そうやって「綺麗に」なるためにたゆまぬ努力を続けている。

美しくなりさえすれば幸せになれる、周囲を見返せると信じている女性は多い。けれども、そうして手に入れた幸せは、本当に自分自身のものであると言えるのだろうか。

誰かの目に映る自分を綺麗に装うため、あるいは男性の目をひくためだけに流行りの化粧をほどこし、雑誌のモデルが身に着けている洋服に迷わず手を伸ばしつづける私たちは、本当の本当に「ホンモノ」なのか。
実のところ、見えない誰かの手のうちで踊らされているのだと言えないだろうか。無意識のうちに自分自身をあざむいているとは言えないだろうか。

本当に幸せになるために。本当に好きな色を、自分のためだけに

少なくとも、私は知っている。
誰かの模倣をして手に入れた美しさは、驚くほどもろいことを知っている。正真正銘私のものだと胸を張れるほどたしかな財産にはならないことを知っている。
もともとの自分を塗りつぶして、ほとんど見えないように隠してしまうような装いは、はた目にはそれなりに綺麗に見えることもあるかもしれない。けれどそんな上っ面の魅力は、たとえ時間をかけても私自身の本質にはまるで馴染んでいかないことを知っている。

少しでもいい、綺麗になりたい。綺麗になって、愛されたい。愛されて、幸せになりたい。そう望んでも、望んでも、正解なんてきっといつまで経っても得られない。
なぜなら、幸せなんて本来は自分自身が決めるものだからだ。自分以外の誰かを少しでも意識しているかぎり、本当に幸せになることなんて絶対にできない。

だから私はあるとき決めた。
日々の化粧も服装も、金輪際、自分が本当に好きなものだけを選んで生きていく。
もちろん生きているかぎり、他人の目を逃れることなんてできない。けれど、どんなに厳しいジャッジを受けても、私は、誰かの判断基準にすべてをゆだねるような生き方だけはしたくないのだ。

そうすると、少しだけ楽になる。人目が全く気にならなくなるわけではないが、自分だけのものさしで自分のためだけに選んだ見た目は、確実にひとつの自信に繋がるのだと思う。

私は今日も、味気のない素の顔に、明るい色味を塗りつけている。
今流行りの色じゃない。私自身が本当に大好きで、いつもそばにあって欲しいと心底願えるような、綺麗な色を。