「お前ってなんか……『お母さん』って感じだよな」
社会人になりたての頃に付き合っていた彼の家で言われた一言である。
当時の私は、有休を消化しては彼の家に朝一で行き、彼が仕事に行っている間に家事をこなし、昼食や夕飯を作って待ち、一緒にご飯を食べた後、帰宅するという生活を送っていた。
そんな時に言われた一言なのであるが、私はこの一言に深く傷ついたのである。

それからというもの、ぎくしゃくしだして、数週間後に別れることになったのだが、「別れた後すぐに彼女が出来た」と共通の知人から言われたときに、「ああ、お母さんではない女の子と付き合いだしたのだな」「もしかしたら途中から飽きられていたのだろうか」「はたまた最初からただの家政婦と思われていたのか」と思い、悲しくなったのである。

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それから長いこと一人で過ごしていたのだが、今の彼と出会って私の傷は治癒した。
彼とは共通の趣味で知り合ったのだが、彼はフットワークが軽く、決断力に長けていた。
そのうえ相手を思いやる気持ちが強い人で、「ありがとう」が伝染するような人柄だ。
そんな彼と遠距離恋愛(関西と北海道)を続けていたのだが、彼は軽すぎるフットワークを活かして、「俺、移住するわ」の一言で北海道に移住してきたのである。

一緒に住むようになって3年超経過したのだが、何も不自由を感じたことはない。
むしろ居心地がよく、実家の方が居心地が悪いような気がするくらいだ。

これは決してのろけではない。断じてのろけではないのだが、彼は私がしたいようにさせてくれる。
私がこだわりたい家事はそのままやらせてくれるし、文句も言わず手伝ってくれる。
あまり好きではない料理は、一緒にしてくれる。
私がした家事については「ここ綺麗になってる!掃除ありがとう!」「洗濯してくれたんだね!ありがとう!」と毎回言ってくれるし、何か作っても「これ美味しいね!また一緒に作ろう!」といった感じである。

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仕事から帰宅したときは必ず「おかえり、お疲れ様!」と言ってくれるし、仕事で嫌なことがあった時はただひたすら続く、私の愚痴を聞き流すことなく聞いてくれる。
体調が悪いときは何かできることはないかと奔走してくれるし、喧嘩しそうな空気になったら自分に非がなくても先に謝ってくれる。

文章を書いていても思うが、自分が恵まれすぎている気がしてならない。
自分にプラスなことばかりが起きる空間、そりゃ居心地がいいに決まっている。

「お母さん」と言われた行動。
「お母さんみたい」と言われて傷ついていた心。
それらがここにきて彼の「ありがとう」で昇華され、彼との生活に活きるようになってきたのである。

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私の心を救ってくれて、ありがとう。
ありのままの私を受け入れてくれてありがとう。
いつも笑わせてくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
私はこれから何倍にも何十倍にも増やして、彼に「ありがとう」を伝えていきたいと思っている。