「見た目」のための消費との葛藤。顔を上げて前に進みたい

百万円。私のこれまでの生活の中で、一度にこれだけの買い物をすることはなかったし、勤め先の月給と比較しても、ポンポン気軽に使って良い金額でないことはわかっている。
しかし、今の私がやりたいことを考える時、「百万円」という金額は多いようにも少ないようにも感じられる。

もし自由に使える百万円が手元にあったなら、私は迷わず美容整形をしたいと思っている。それもかなり切実に。
我ながら普段財布の紐は固い方だと思うし、お金を使いすぎて後悔する場面も稀である。ただ今回に限っては、月給の何か月分であろうと、しばらく遊びに使うお金が無くなろうと、整形したいという気持ちが日に日に増している。
結局外見の話、と言われればそれまでではあるが、顔を上げて前に進みたいという強い想いを持ったひとりの人間の話としてお読みいただきたい。

長年抱えてきたコンプレックス。自信を持つために行動したい

もう少し具体的に話すと、私は昔から自分の顔のエラ張りがコンプレックスだった。もしかすると同じような悩みをお持ちの方もいるかもしれない。どれだけ綺麗にメイクができても、髪を可愛く巻いても、骨格は変えられないもので、毎日鏡で顔の輪郭を見るたびに悲しくなってしまう。

輪郭以外のパーツに関しては、(お世辞にも綺麗とは言えないが)それほど悩みを感じていない。というより、目も鼻も体型も、変えられたらいいのにと思ったことはあるが、それはそれで私だけのユニークな可愛さなのだからいいじゃないか、と考えることができるようになった。独特のアンニュイさを纏える一重まぶたも、今はそこそこに良いものだと思えている。
しかしエラに関しては……。やはり未だに認めきれないのだ。

顔の輪郭を意識してしまうと、誰かの隣に並ぶこと、他人に横顔を見られること、写真を撮られること、そうした全てにどうしても怖さを感じるようになり、髪を重めに下ろし、マスクをした状態でようやく外に出て大丈夫だと思える。
「ありのままでいい、そのままが美しい」などとよく言われるが、そんな言葉一つで解決できるほど、コンプレックスは単純なものではないと思う。だからこそ、私は整形をして、自分の姿も表情も認められるようになって、明るく街の中を歩きたいのだ。

自分のために自ら決断する。本当に必要な投資なら後悔しない

とはいえ美容整形と聞くと、やはり若干の不安を感じてしまうし、これほどお金を費やして良いのだろうかと悩んでしまう。
しかし、最近思うのだ。
まとまった金額が手元にある時、その使い道は人それぞれである。欲しいものを買うこともできるし、自己研鑽に費やすこともできる。私のように美容にお金をかけたい人だってたくさんいるだろう。
それはきっと、自分自身の喜びのため、そして未来を少しでもより良くするための投資という点で共通している。自分のために必要だと本気で思える時、人はその投資に後悔しないと思う。

百万円。私はこの文章を書きながら、百万円を突然手に入れた場面を想像した。そして気がついた。おそらく私は、そんな奇跡が起きなくても、今まで通りの生活をしながら、これから整形のためにお金を使うという決断をするのだと思う。
ここで、私の決意を述べておこう。
堅実に働き、よく考えた上で、使うべきところで自分のために投資する。私はそんな風に生きていきたい。