もし今すぐ自由に使える百万円があったのなら、私は日本の家族や友達に会いに、今すぐ一時帰国したい。
それか、今悲しんでいる人のために捧げたい。

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「経験はお金では買えない」
そんな口癖の両親のもとで育った私は、大学生になって留学がきっかけで、社会に出て自分でお金を稼ぐようになってから、その言葉の意味を身をもって実感した。
経験はお金で買えないけれど、それと同じくらい私にとって大切なことが、‘Time is Money.’だということを、家族と離れ離れになって初めて痛感した。

私の祖父は年の初めに体調を崩し、今は入院生活を送っている。
9ヶ月前の、渡米前の私はそんなことも1ミリも心配していなかったのに、いざ家族の健康のこととなると不安でたまらなくなる。
永住の手続きの関係で、手続きが完了するまでアメリカから出られない私だが、そんなこととは裏腹に貴重な家族との時間は刻一刻と戻らない時を刻んでいる。

90歳になる母方の祖父、85歳になる父方の祖父母、それぞれ歳のことも考えると、いつ何があってもおかしくないのは頭でも理解していた。
ただ、実際に検査することや手術することの旨を家族から聞くと、「生きているうちに、もう一度一目会いたい!!」という気持ちでいっぱいになる。
身動きするのに制限もなく、自由に使える百万円があるのなら、私はそんなふうに迷わず家族に会いに行くだろう。

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そもそも私は日本から動くのに反抗して遠距離恋愛を長くしてきた。
終いには私が折れて、「1年に1度は日本に帰る!」という条件で妥協して、海外移住を決めたのだった。
なのに、コロナのワクチン打ってないから……永住権の手続きが終わってないから……という事務的な理由のせいで、日本に一時帰国が出来ない。
「経験も時間も、お金や命に変えられないほど貴重なものなのに……」

今日、アメリカに引っ越して新しく出来たランニングの友達の大切な一人が空に旅立った。
彼女はまだ40代で美しく若かった。
日頃からボランティア活動に携わったり、彼女自身も旦那様と立ち上げた非営利法人でランニングの大会やコミュニティーを盛り上げる明るい人だった。
いつも周りのことを気にかけて、優しく手を差し伸べられる、誰もから深く愛される人だった。

私が彼女の元気な最後の姿を見たのは、10月のランニングレースの時だった。
レース前いつものようにハグで挨拶を交わし、ゴールでは彼女が満面の笑みでメダルをかけてくれた。
そして今日、レース前にパワーをくれる彼女のハグがない。
ゴールしても、いつもそこに居るはずの彼女が待っていない。
とてつもなく寂しく、彼女がもうこの世にいないことを実感し、ポッカリと大きな穴が心に空いていることを認識した。

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今日6年ぶりのベストタイムで走り切り、女子総合優勝でもらったトロフィーは、間違いなく彼女からのプレゼントだった。
だからその彼女からのプレゼントを、彼女の愛する旦那様にプレゼントすることを心に決めた。
まだまだ悲しみの中にいるけれど、彼女のことを一生忘れることはないだろう。
そしてもし百万円があったのなら、彼女の家族が困った時に私も彼女のように手を差し伸べて支えていきたいと強く想う。