文章を書くこと
言葉を紡ぐこと
気持ちを、思いを、つづること

”何かを伝えるために書く、誰かのために書く”
参考書に書いてある説明文だって、小説だって、LINEで送られてきたメッセージだって、手紙だって、それを読む相手に向けて文章は書かれている。「文章を書く」ということの理由や目的ってそこにあることが多い。

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でも私は、自分のために文章を書くことが好きだ。
日常のふとした瞬間に感じたふわふわした幸せだったり気になる人と目があって、心臓がドキってなったあの瞬間だったりいいことがあってふふふってしたことだったり持つべきものは友達だなあなんてしみじみしたことたっだりそういうふとした時の気持ちを、心に残ったあの瞬間を、何があってどういう感情で何を思ったのかどの言葉が一番この時の気持ちにぴったりかな、なんてワードチョイスを考えながら言葉を選んで文章にして、そして出来上がった文章を読んで大切な”あの瞬間”にもう1度とっぷりと浸ることが、すごく好きだ。

そして幸せなことだけでなく、私は悲しかったことも文章にする。
フラれた時なんて、毎回その時の自分の気持ちをつらつらと真っ白な紙に綴る。
幸せだったなあ、まだ別れたくないな、ああ、苦しいなってそう思いながら、自分の気持ちを乗せた一文一文を読む。
その後、その紙をぐしゃぐしゃに丸めて、ポイってする
すると自分の気持ちもふっと軽くなる気がする。これがルーティーン。
捨てられない時もあるけど、それはそれでいい。誰にも見られないような所にひっそりとしまっておけばいい。

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日記を書くのもいいが、私は三日坊主で終わるタイプ。
だから書きたい時に書きたいことを思うがままに文章にする。手帳でも、A4の真っ白な紙でも、小さい付箋でも、ノートの切れ端だっていい。学生時代、授業が退屈だった時よくノートの端っこにそういう思いの丈を綴っていた。
今になって懐かしいノートをペラペラめくっていると、数年前の私が書いた少しポエマーちっくな文章に出会ったりする。あの頃の私、かわいいな、なんか自分に酔っているな、青春しているななんて懐かしく振り返るのだって悪くない。
文章にすると、その時の景色や感情が彩りを増してまた私の前に現れる。
可視化された自分の感情をなんだか人ごとのように眺めることも、意外とおもしろい。
私のために文章を書く、これは私の趣味の一つとも言えるかもしれない。

スマートフォンが普及した今の時代、若者が紙にペンを走らせる機会は本当に少なくなっている。だからこそ私は紙に、お気に入りの書きやすいペンで自分の字で書くことを大切にしたいと思っている。その方が自分の気持ちをしっかりと文章に乗せて書くことができる気がするから。
文章を書くという当たり前で生活の中に必ずあるとても人間的なこの行動はとても奥が深い。どんな言い回しでどんな言葉を選び、何を文章にするのかということはその人の価値観であったり読んできた文章であったり普段の生活であったり、今までの人生に少なからず影響を受けている。そして出来上がった文章はこれからの自分に影響を与える。時には幸せを、悲しみを、励ましを、喜びを、悔しさを、自分自身に投げかけることができる。

文章を書くことは、自分を見つめること。
私は私を知るために、私の人生をより豊かにするために文章を書く。