私たち夫婦の節目の日には、必ずと言っていいほど雨が降る。
何か大事な予定が入ったときは「晴れるといいね」が合言葉になるほどだ。

私の誕生日は秋が始まるころにやってくる。想像した通り、やっぱり雨だった。
ひんやりとした雨がしとしと降ったあの日、夫が内緒で予約してくれていた高級ホテルでプロポーズを受けた。

◎          ◎

クラブ会員のみが入ることを許されるラウンジ付きで、都心の夜景を見渡せる高層階の広い部屋。それなのに、部屋の大きな窓からはぼんやりと街の明かりが見えるだけ、窓についた雨のしずくが渇くことはなかった。せっかくの夜景だけど、カーテンを閉めて私たちはそのまま眠りについた。

数か月後、私たちは婚姻届を提出した。この日もやっぱり雨だった。
朝起きたときから土砂降りの雨。少し憂鬱な気分になりながらも、結婚して今日から夫婦になるんだという不思議な感情を抱いたことを覚えている。大事な書類が冷たい雨で濡れてしまわないようカバンにしまい、ダウンコートを着て家を出た。

土砂降りで寒かったのに、お日柄の良い日だったためか朝一で着いた区役所にはすでにたくさんのカップルがいた。番号が呼ばれて書類を提出し、今後の流れについて説明を受けた。係の方から「おめでとうございます」って言われるなんてドラマみたいなんて思いながら、区役所を後にした。

拍子抜けしてしまうほどあっけなく婚姻届の提出は完了した。
よろしくお願いしますと言葉を交わし、私たちの肩書きは恋人から夫婦になった。

◎          ◎

予約したディナーまで時間があったけれど、雨で自由が利かないし、冷え切った体を温めるためにも一旦帰宅することにした。
自宅に向かう道すがら、「この人の妻になった。それってどういうことだろう、何が変わるんだろう」とぐるぐる考えを巡らせた。病めるときも健やかなるときもなんて言うけれどそんなのじゃなく、自分なりの夫婦になる意義をこの日を迎えても見い出せずにいた。
考えているうちに車の心地よい揺れの中で、いつの間にか眠っていた。

目を覚ますとすでに自宅近くまで来ていた。
ディナーに出かけるまでに、湿気で崩れてしまった髪とメイクを直さなきゃ。夜は少し晴れるだろうか。ここまで何度も祈る思いで天気予報をチェックしたけれど、期待を込めてまた予報を開いてみた。変わらず、1日中雨予報のままだった。

このことを夫に伝えて「やっぱりね」とお互い笑った。雨に関するポジティブな言い伝えは多くあるけれど、人生で一度のハレの日くらいは快晴であってほしかったと、心の中ではひっそり思っていた。

◎          ◎

そんなとき、音楽をかけていたオーディオから聴き覚えのある曲が流れてきた。結婚式ソングの超定番、誰もが知るアーティストのあの曲だった。
夫がわざとかけたのかと思ったけれど、雨が降る中を運転しているときにそんなことはしないだろう。シャッフルで、しかもこのタイミングで流れるのかとびっくりした。
私たちは、静かに曲を聴いた。

聴きながら、じんわりと温かい気持ちになった。
何かあっても見守ってくれる人がいる。笑い合い、素直に涙を受け止めてくれる人がいる。それは私にとっての彼であり、彼にとっての私なんだ。
「どうぞよろしくね」
こんな歌詞に、ハッとした。
同じ方向を見て二人三脚で歩いていく。 たとえ違いがあったとしても思いを共有し、そばにいること。 うまく言葉にできないけれど、自分なりの夫婦になる意義を見つけた気がした。

改めて歌詞を噛み締め、泣きそうになってしまった。
結婚式場で働いた経験のある私にとっては飽きるほど聞いてきた曲。
それがこの日、大事な意味を持つ曲になったのだ。

◎          ◎

雨が降ると、この日を思い出す。
ダウンコートを着ても体が冷える日にはあの曲に思いを馳せる。
雨で寒い日も、案外悪くない。