ちょうど1年前の今頃、寒かったあの日に、私は1泊2日の入院をした。全身麻酔をかけ、手術をしていただいたのだ。

手術をしたというと何か重い病気をイメージするかもしれないが、私の場合は親知らずの抜歯である。
「え?親知らずで全身麻酔?入院??」と思われるのが大抵だ。私もそんな人は聞いたことがない。

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しかしネットで調べると、稀に私と同じような体験をした人がいるようだ。そして何より、口腔外科の先生は毎月そのような手術を行なっており、私と同じ日には4人の手術を抱えていらっしゃった。

誰から行うかはわりとランダムに決めていた様子だったが、私の手術はやや厄介だったらしく、午後イチでたっぷり2時間取っていただいた。というのも、私の4本の親知らずはどれも表に顔を出しておらず、骨に埋もれているものや神経の近くにどっしりと構えているものなど、一筋縄では抜けないものばかりだった。なので、麻酔で眠っている間に一気にほじくり出してやろうという計画だったのだ。

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さて、特に痛むわけでもないのに、そんな根の深い歯をなぜわざわざ全身麻酔というリスクを犯してまで抜いたのか。手術が上手くいかなかった場合(歯を抜く際に近くの神経を傷つけてしまうなど)、唇の痺れが残るなどの後遺症もある。
理由は、歯科矯正をするためである。

私は中学生になった辺りから歯の噛み合わせが非常に悪く、前歯がいっさい噛み合わない「開咬」という症状があった。正直なところ、前歯どころか奥歯もほんの僅かしか噛み合っておらず、食べ物を咀嚼するのに時間がかかるし、滑舌も悪い。前歯の隙間から息が漏れるので、タ行やサ行が上手く言えない。

麺や肉も前歯で噛み切ることができないため、不便極まりない。一応、柔らかいものは舌を使って噛み切れるが、硬いものは諦めるか一口で無理やり食べている。
特に苦手なのは春巻きだ。どうやったって噛み切れないし、一口では食べられない。お箸でも切れないのに、ナイフとフォークもない。春巻き以外にもこういう状況は多々あり、慣れてはいるが、やっぱり悔しくて悲しい。

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そこで、マウスピース矯正を始めることにしたのだ。なぜもっと早く始めなかったかというと、これまで歯の定期検診など行ったことがなかったからだ。
虫歯がなければ万事OKだと思って生きてきた。しかし、鏡で見る自分の口元や滑舌の悪さ、食べ物をうまく食べられないことに不安を抱くようになり、思い切って定期検診へ行ってみたのだ。

初めに行った歯医者では先生に「これ、かなりヘビーですよ。こんな酷い人は初めてみた。完全には治らないね〜、良くても6割くらいだよ」と興奮気味に言い放たれ、大いにショックを受けた。そんなに手遅れだったか。

矯正には100万円以上かかるので、とりあえずセカンドオピニオンだと思い、すがる思いで別の矯正歯科の無料相談へ行ってみた。こちらの先生は「うち最近開咬の患者さん多いなあ。やるからには100%を目指しましょう」と穏やかで前向きだったので、こちらで矯正を始めることにした。

検査をした結果、私は顎が小さいため、歯の成長とともに噛み合わせが悪くなっていったようだ。そこで、親知らずを抜いたスペースを使って歯並びや噛み合わせを治していく方針になった。

手術は無事に終了。全身麻酔は、甘い香りのガスを3回ほど深く吸ったら眠りに入った。あれは不思議な体験だった。私は楽しい夢すら見たくらいだ。
内容は忘れたが、先生や看護師さんたちの激しい声で起こされた。安らかな入眠とは打って変わって、合宿の朝のような騒がしさだった。「原田さん起きて!!終わったよ、起きてー!!」と顔面に向かって何度も呼ばれた。

起きて1番に気になったのは唇の痺れなどの後遺症だったが、幸い何もなく、本当に無事に手術は終わった。

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あれから一年。今朝起きて朝食前にマウスピースを外したら、「カチッ」と糸切り歯同士が重なり合う音がした。
驚いた。矯正を初めてわずか半年で、すでに開咬が良くなっている。前歯が閉じてきているのだ。

前歯が触れ合うこの感覚、この音を、十数年ぶりに聞いて喜びとともに戸惑いがあった。久しぶりすぎて、逆にこの状態が異常なのではと思うくらい、嬉しい違和感があった。

矯正を迷っている方は、費用面や期間の長さ、治療中の痛みを心配して中々一歩が踏み出せないのではないか。私が言いたいのは、「矯正生活は案外楽しい」ということだ。目に見える変化に心が躍るし、「どんどん良くなって早く治療を完了させたい!」と燃える。

悩んでいる期間に比べたら、治療期間はあっという間である。ヘビーな噛み合わせの私でもできるのだから、大丈夫。