ある時、友人と2人でホストに行った。
「ホストに行ったことは無いが初回がとても安いことは知っており、それを利用して一度だけ行ってみたい」という気持ちを私たちは互いに持っており、そのことを居酒屋で確認し合った後、すすきのへと向かった。

すすきの駅前には、いつも通りたくさんのホストらしき人達が立っていた。
その前を歩くと彼らは皆声をかけてくるのだが、慣れていない私達は、引っかかりに来たにも関わらず「あ、ども……」と数人のホストをスルーし続けた。意味不明である。

◎          ◎

結局、5、6人目に声をかけてきたホストについていくことにした。初回が安いとは聞いていたが、なんと1時間だか90分だか無料だった。
私たちは「逆に怪しくないか……?」と怯えたが、周りをよく見るとそのホストの他にも「初回無料ですよ!」と声をかけているホストが結構いたので、そういうものだったのだと思う。

店に着くと、2人のホストが私達の卓についた。
そのうちの一人が、「名前は?」と聞くので、私は普通に下の名前を答えた。続けて、横に座っている友人は「ユキです!」と名乗った。
……偽名である。
さらりと偽名を使う友人に驚いたが、そんな素振りを見せては彼女が偽名を使った意味がなくなってしまう。とりあえずその場はスルーした。
(ちなみに、名乗り慣れていない名前なせいで言いづらかったのか、この「ユキ」という名前はこの後やってくるホスト数人に「ルキちゃん?珍しい名前だね」と間違われていた。
偽名の間違いとなるともう何がなんだかわからない。友人はちゃんと「いや、ユキです」と訂正しており、設定を守り抜くことへの情熱が感じられた)

この店での初回は、所属するホスト全員が2人ずつ10分交代で卓につくシステムだった。
何交代か目にやって来た小太りなホスト(髪型やメイクはバッチリホスト仕様だった)が、
「休みの日とかなにしてるの?」
みたいなことを聞いて来たので、私は堂々と答えた。
「献血です」

◎          ◎

それに対するホスト達の反応は、はっきりとは覚えてないけど、なんか微妙な感じだった。そんな彼らに気後れすることなく、私は、「これまで18回してきました」と続けた。
「18回!?!?!?」
と、ここでようやく大きな反応が返って来たのだが、この声の主は隣に座る友人、もといユキであった。彼女がダントツで大きな反応をくれたのである。

「そんなにやってんの!? なんでそんなにやってんの!?」
……いい反応だ。私はいつもこういう反応を期待して、献血回数を口にしているのだ。
その一方、小太りなホストは、「えぇー、献血って、なんかヤッた後しばらく出来ないみたいな感じじゃなかった? 守ってんのそれ?」とか言っていた。
「はい、守ってます」
「えぇー、真面目だね……」
……以上、献血の話、終了である。

かなしい…………。
私はもっと、献血の話がしたかったのに……。どんな景品がもらえるかとか、どこの献血所の自販機が豪華かとか……。
(あと多分、このホストは勘違いしていたのだと思うけど、献血は“ヤッた後しばらく出来ない”のではなくて、“不特定多数もしくは新たな異性との性的接触が6か月以内にあった場合は出来ない”だけなので、これを読んでいる半年以上交際している異性の恋人がいて遊んでいない方は安心して献血してほしい。同性の場合はまたなんか違った気がする)

その後、彼らは自分たちの学生時代の話やらをしてくれたが、特に面白くもなかったし、知ったこっちゃないのである。
まぁ私たちがあまりノリの良いタイプの客ではなかったから頑張って話題を探してくれた末のことなのかもしれないが、もし献血の話を適切に深掘りしてくれれば、私はいくらでも話したのだ。
仕事でやっているのであれば、客の興味を探って寄り添うべきでは……大概の女は、自分の話を聞いてほしいという気持ちの方が強いだろうし……と、思うけど、私だって流石に分かっている。この場において、私の存在の方が間違っているということは。

多分、ホストにやってくる女の子たちの多くが聞いて欲しいのは、性愛の話なのだろう。お金を使ってくれるタイプの女の子は特にそうなんじゃないだろうか。
現に、もし献血の話に寄り添ってくれたとしても、私みたいな人間が彼目当てに店に通うことはない。「献血の話がいっぱい出来て良かったなー♪」と思いながら帰宅するだけである。彼らの話題の選択は、きっと正しいのだ。

◎          ◎

しかし、私は献血が好きなのである。
何を隠そう、今私がこの文章を打っているのも、献血ルームのロビーだ。つい先程成分献血を終え、無料のコーヒーとパンを食べながら、打っている。
ちなみに、この出来事は何年も前のことなので、今日は28回目の献血だった。

この後も何人かのホストが交代で卓についたが、献血の話を聞いてくれそうな人はいなかった。全員が休みの日の過ごし方を聞いてきたわけではなかったし、さすがに聞かれてもないのに「私は献血を18回していて!」とは言えないので、実際はわからないけど多分そんな感じだった。

最後に、見送りするホストを選ぶよう言われたので、入って5日目だという一番騒がしくなかった人を選んだ。本当は私の献血回数に一番大きなリアクションをくれたユキを指名したかったが、そのようなシステムは無いので仕方がない。
ユキはというと、「仮面ライダーの話が通じたから」という理由で、大柄な(さっき出て来た小太りとはまた違う)人を選んでいた。
共にホストに行くべきではない人種の女たちである。

そんなこんなで、私たちは初めてのホスト体験を終えた。
「マジでちゃんと無料だったね」
「ね」
「こんな明らかに金使わない客にも頑張って話さなきゃいけなくて、大変だね」
「わかる」
「てか、うちらみたいな客わりといそうな気がするけど、経営大丈夫なのかな」
「たしかに」