3日前、恋人と別れた。それから家では何も口にしていない。

2人で行ったスーパーはもちろん、この、狭いアパートの台所に1人で立つほどには、まだ受け止められていないのである。

別れは本当に突然だったから、5日前のお昼過ぎまで、彼のためにちゃんぽんをつくる私と、2人の食器を洗う彼が、ここにはいた。シンクの横の水切りには彼が洗ってくれた鍋と、私と彼の箸が並んで置いてある。たった、5日前までここにいたのになあ。

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1人になって改めて、この場所には思い出が多すぎる。

彼の試験が終わった後に私が作ったオムライス。お気に入りの服にケチャップつけて慌ててたね。食器用洗剤で落ちるんだよって教えたらびっくりしてた。

私がつくる親子丼はお酒がたっぷりでびっくりしてたくせに、自分もお酒たっぷり入れるようになったじゃんね。去年の5月、バイトから帰ったら坦々麺のいい匂いがしたなあ。

私は中華なんて作らないから君がたくさんうちにたくさん買った調味料、まだたっぷり残ってるんだよ。それなのにどこに行っちゃったの。
私は、今日の朝、頑張って君がさいごに使ったままだったコップを洗ったよ。これでおわりか。

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彼と出会ったのは2年前の4月。お互いに一目惚れだったけど、なかなか話す機会がなくて、ほとんどお互いのことを知らないまま肌寒くなった季節に、付き合った。そのわりには本当に気があって、居心地が良くて、ちょっと怖いけど、永遠を期待してしまった。

だけど、いつからか、おわりが浮かぶ時もあって、それを流すようにたくさん出かけてたくさん美味しいものを食べたね。終わりが近づいてた時でも、ふたりでいる時間は、本当に楽しかった。

最後に鍋をした時に飲んだ空の瓶ビールが、2本並んでこっちを見てる。もらったものとか、手紙とか、そういうものよりも何より、彼がいた形跡が、本当に、心を抉ってくる。

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この家には思い出が詰まり過ぎている。何をしても出てくる出てくる。今日の朝も、掃除をしていたら6日前に彼が食べたお弁当の蓋がレンジの上にあったよ。
キッチンに立つと、後ろから抱きしめてくれた時の匂いとか、YouTubeを見ながらご飯を作ってる姿とか、いろんなものが浮かんでくる。ついこの前のことだから、本当に無駄に解像度が良くて困る。はやく型落ちしてくれたらいいのにな。

この家のキッチンは、玄関を入るとすぐにある。彼が料理を作る手を止めて、おかえりと抱きしめてくれたあの日のことがどうしても忘れられなくて、家に帰るたび、思い出しては泣いてしまう。

悲しいということは、本当に幸せだった印で、たくさん思い出してしまうということは、それだけたくさんの時間を過ごしていたという印。

私は、そんな時間をあんなに素敵な人と過ごせていたということに胸を張りたい。本当のことを言うなら、もっとずっと過ごしていたかったけど。

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私はまだ、1人であのキッチンに立てるほど受け入れられていない。なんならまだ、やりなおそうって連絡がくるんじゃないかってバカみたいなことを期待してしまっている自分もいる。

いまは、あの幸せだった思い出が、全部辛い。でも、このキッチンで笑い合った日々は嘘じゃないから、いつか、いい思い出だったって、真っ直ぐに言えるようになりたい。

それまで今はまだ、思い出して泣いていてもいいかな。