「あなたはこれから、人に教える立場にならないといけないんだから、もっとしっかりしなさい」
ある日の仕事中、上司からそう言われた。気が付けば3月も後半。また、あの問題と向き合わなければならない。気が重いけれど、こればっかりは、今の職場にいる限り、私の宿命。やるしかない。

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何のことかというと、年齢と立場のギャップがあるという話だ。今私は28歳だが、周りは30代から上のお兄さん、お姉さんが多く、私が職場の最年少だ。ただ、そこに経験年数が絡んでくると、話がややこしくなる。私は他の部署に新卒で入って、異動でここに来て、4年くらい。

それに対して、他のメンバーは、私と同時期か、それより少し後にやってきた人たちばかりだ。そして、それ以降に入ってくる人たちもまた、なぜかお兄さん、お姉さんばかり。つまり私は、いちばん若いが、経験は誰よりも長いという、不思議な状況に置かれている。

そんなわけで、私はここ数年、年上の新人さんを多く育てている。ただ、いいことばかりではなく、苦い思い出もある。
「1からやるつもりで来ているので、いろいろ教えてください」
2年前、新しいメンバーが加わった。彼女は、明らかに自分より若くてペーペーの私に対しても、他のメンバーにするのと同じように、仕事のことを質問した。

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 「いちこさん、これってどうやるんですか」
「いちこさんのほうが、私よりできるでしょ」
毎日そんな調子だ。まるで、乾いたスポンジが水を吸うような貪欲さだった。
そして、彼女は正直だった。デキる人なのに、新しい仕事に出会うと、不安そうな様子だった。

「今度こういう仕事をするんですけど、いちこさんの時は、どういう教わり方だったんですか」 

「できる気がしないです、私」
休憩室でそう言われるたび、相談に乗った。経験の浅い私がこなせていることを、彼女ができないはずがない。それでも、初めてのことに対応する時の不安は、痛いほどわかる。

「やれば、自分のペースは作れるようになる」
私は、自分のわかる範囲で、精一杯そう伝えた。勝手にドキドキしていたが、それからしばらくして、彼女は無事に新しい仕事を始めた。これからも、何かあったら相談に乗ろう。私はそう思っていた。

しかし、事はそう単純ではなかった。
「いちこさん、どうしたんですか、何でそうなるの」
「ここは、こういうふうにしたほうがいいんじゃないですか」
ベテランさんの慣れは、凄まじく速い。出会いから3ヶ月くらいすると、私が彼女から心配されるようになってしまった。

「はい、申し訳ありません。気を付けます」
今では、すっかり立場が逆転している。彼女の適応力や経験値から、学ぶことばかりだ。

それは、他のメンバーに対しても同じこと。日々いろいろなことを言われ、私のほうが成長させてもらっている。はっきり言ってしまえば、トラブルも多くて、めちゃくちゃに社会に揉まれている。そして、そんな自分のことが、不安だ。今のまま、自信がない精神状態で、果たして新人さんを迎えられるのかしら。

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 私は、どう頑張っても誰よりも若いし、人生経験も浅い。できないことが、たくさんある。その都度、周りのメンバーにお願いして、助けてもらって初めて、仕事が成立している。性格だってテキパキしているとは言い難い。むしろ、「ぼーっとしないでください」
と、1日1回くらいは言われる。

そして、人の前で話すことは大の苦手だ。こうやって改めて書くと、自分のことなのだが、驚く。こんなに隙だらけな人間が、数週間後にはスッとした顔で人様の指導をしているなんて、信じられない話だ。

いや待てよ。これは、環境がくれた試練なのかもしれない。
「先輩らしくないあなただからこそ、練習しなさいよ」と、仕事の神様が言っているのだ。きっとそうだ。何事にも自信がない私だが、せめてこの状況をポジティブにとらえてみることにした。それだけでも、何かが違う気がする。

街では、桜のつぼみが開き始めて、「それでいいんだよ」と、励ましてくれている。春は、すぐそこだ。