「あなたは営業所配属です」
入社後約1年の研修期間を経て配属されたのは、全く志望していない営業部署だった。
絶対に嫌だったのに。入社前の面接でやりたいことはきちんと話したのに。取締役に志望している部署も言ったのに。営業部の先輩や上司と話す時も、営業部の研修中も「ニコニコしているだけの使えない新人」と思われるように小芝居まで打ったのに…!
どれほど用意周到に手を打っても思い通りにならないのが人生、そして会社の都合で振り回されるのが会社員というものである。

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定時を過ぎてから断りなく入るミーティング、休憩なしで12時間にわたる重労働。月曜日から開催される飲み会、他部署への悪口、エトセトラ。
こうして私は配属後1ヶ月の間に蕁麻疹、発熱、ぎっくり腰と数々の心身の不健康に悩まされながら、ストレスフルに働いている。

しかし時代錯誤を絵に描いたような営業所での仕事でも、一人だけ助けてくれる人がいる。私の一つ上(年齢は一つ下)の先輩だ。

私が配属になったことで「後輩ができた!頑張らなくちゃ!」と意気込み、ときに空回っている様子は、後輩目に見てもハラハラすることがある。教えてくれるパソコンのショートカットも実は全部知っているものばかり。営業活動もあまり得意ではないらしく、毎日ウンウン唸りながらExcelとにらめっこしているのに成績は微妙だ。

一見無口で真面目そうな彼の仕事ぶりがそんな調子なので、上司たちはその先輩のことを「面白がって」いじっている節がある。
私にとってそれは、例えば中学生の頃クラスのおとなしい生徒をサッカー部の声の大きい生徒たちが揶揄っていたような、不快ないじりだ。一歩間違えればいじめになりかねない危ういバランスのコミュニケーションだと思う。

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だが先輩は、文句も言わず、かといって笑って誤魔化すこともせず、上司からの「いじり」に真正面から受け答えするのだ。
例えば休日の話題になったとき。私は「なんでお前にプライベートの話せなあかんねん!!」と思ってしまうので何も言わない。先輩は馬鹿正直に「筋トレしてます」と答える。「モテたいのか?」なんてセクハラまがいの上司からのコメントに対しても、「そうですね。やっぱり、かっこよくなって女の子にモテてみたい気持ちはありますよね!」と答えるのだ。コミュ力があるのかないのかわからないが、彼のそんなところを上司たちは気に入っているらしい。おかげで私に話が振られず、とても助かっている。

更に、そんなふうに上司とうまくやっていけるだけでなく、私に対しても「休み時間はちゃんと休もう」といって昼に連れ出してくれて、食べ終わっても1時間は絶対に帰らない。「ちょっとくらいサボってもバレないよ」と、休憩時間を確保してくれるのだ。
そんな時、私は彼のことをとても「先輩らしい」と感じる。

彼は決して器用な人ではない。自分もまだまだ新人みたいなものなのに、それでも「先輩として」見栄とプライドを持って私に接してくれているのがわかる。
そんな先輩を見ていると、先輩というのは実力や経験があるからなるものではないのだと思う。先輩になろうとするから「先輩」になっていくのではないだろうか。

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今年の4月、後輩ができた。私も配属されたばかりだが、もはや新人ヅラはしていられない。上司の毒牙から、理不尽さから守ってあげられるのは先輩だけだからだ。
配属1ヶ月の新人だが、自分の先輩を見習って「先輩」になろうとしていきたい。そのためにも「先輩らしさ」を先輩から学んでいこうと思う。