私は身長が低い。150㎝もない。いつも服には困る。「小柄で可愛い」とよく言われるけれど、自分にぴったり合うスカートを見つけることは難しいし、身長が低くて高いところに置かれているモノを取れない時だってある。

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身長が低いって辛いなあと身をもって体感したのが、中学校の修学旅行のときだ。まさか旅行で低身長であるがために少し泣きたくなるくらい慌てふためくことがあるなんて思ってもいなかった。

修学旅行の行先は東京で事前に組んだグループで自由行動したり、スカイツリーに行ったりと予定通りに楽しむことができた。それからホテルで夕食をとって、部屋に行く。このときの夕食はバイキングで、ステーキを目の前で焼いてもらったのは今でも忘れられないくらい贅沢だったし、14歳で一番感動した時間だといえる。

こうして、いつもより満腹になって翌日の集合時間を聞くと部屋に戻り、就寝時間までにお風呂に行かないといけなかった。自由行動で一緒だった子と同じ部屋で、普段から仲の良い子ということもあって東京という大都会の夜に囲まれながら、私はとてもリラックスしていた。

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お互いベットに横たわりながら、テレビを見ているとお風呂をためる準備に取り掛かった。どちらが先に行くか話し合って、私が先に行くことになった。さあお風呂に入ったのは良いのだが、ここからが「低身長って最悪じゃないか」と思い知らされるのだ。お風呂からあがろうとしたとき、バスタオルがなかったと気づいたと同時に、上の棚にあると見つけた私は、裸で必死に背伸びして取ろうとしていた。だけど、なかなか取れなくて焦った。同じ部屋の友達を呼ぼうかと思ったのだが、さすがに裸ではまずい。どうして私は、こんなにも身長が低いのだろう。一瞬の出来事だったけど、私の脳内にはそれが繰り返されていて背伸びしながら自分の姿を笑ってしまいたくなった。

中高では「身長が低いことが私らしい」とコンプレックスを前向きに捉えていたけれど、あの時はさすがに後悔してしまう自分がいた。誰も悪くないと分かりきっているコンプレックスであって、誰にも責められることはない。たまに自分で自分を責めたくなるときはあるけれど。そして精いっぱい背伸びした結果、無事バスタオルをゲットできることができた。これは低身長の人にしかわからない辛さであるはずだ。

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毎年、「私より背が低い人って、いるのかなあ」と疑問に思いながらも少し期待してしまう自分もいた。この当時「自分より背の高い人と、将来結婚する」と言い張っている女子が沢山いて、私にとったらハードルの低い話だと思った。みんな私より背が高い。たまに身長が同じくらいの人と出会うと、「どこで服、買っているのですか?」と思わず聞きたくなるし、目線が同じで話しやすいなあと安心する。そこで同じ悩みを共有できれば、コンプレックスが和らいでいくのかなあと感じている。

小柄な女子が可愛いという人もいるが、小柄じゃなかったら可愛くないのか?と疑問を抱いて生きてきた二十年のなかで、自分に合う丈のスカートと出会ったときはこの上なく幸せだった。これは低身長の私だから感じられる幸せであって、逆に低身長ではない人には感じられない喜びなのだ。そんなとき、なぜか低身長でよかったと優越感を覚える。コンプレックスから抜け出す方法は、いつも自分のなかになるのかもしれない。「小柄で可愛い」と褒められることを幸せと感じるか感じないかは、その人次第であって誰かが決める事でも誰かに決められることでもない。

自分自身の見た目を、良い意味で「私らしいところ」にしていくか。その答えは、いつだって自分の心の真中にある。世界でたったひとりしかいない、オンリーワンな私を今日も見つけたら褒めたくなった。