恋愛において「一目惚れ」をしたことがない。

いつも乗る電車で。友達に呼ばれた飲み会で。学校で。会社で。それは、日常的に発生しているものらしい。一目惚れをしたり、されたり。そんな話で学生時代はいつも盛り上がっていたように思う。しかし、私にはまるで縁のない話だった。

それは色恋沙汰に疎く、性格的にもマイペース。というか、鈍い。人に興味がない。そんな自分にとってはある意味自然なことのようにも感じるが、「ビビっとくる」「稲妻が身体に走る」そんな感覚に憧れを抱かなくも、ない。

しかし、「一目惚れ」とはそんなに激烈な感情に限定されるものなのだろうか?一目見ただけで心を奪われる……。よくよく考えて見れば、そんなことは日常にぽつりぽつりとあるではないか。

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なぜこんなことを話すかというと、それには理由がある。先日私は、ある存在に心を奪われたのだ。

生きていれば、時に辛いことがある。そのせいで、涙を流すことがある。そして大人になると、人にもそんなこと言えなかったりする。誰かに電話をしたくても「あの子は子育て中だしな」「彼氏ができたばっかりって言ってたな」などと相手の状況を慮ってしまう。

そんなひとりぼっちの女の悲しみをも、優しさで包んでしまう。そんな存在に出会ったのである。

そう「ちいかわ」だ。

ある日、ツイッター上で「ちいかわ」が流れてきたとき。今にも泣きそうな表情をして、プルプルと震えている(ように見えた)様子に目を奪われたのだ。なんのこっちゃ。という話かもしれないが、来る日も来る日も、気が付いたら私は1話1分程度のアニメを観るようになっていた。

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誰も傷つけない、優劣を決めない、努力を強いない。ただ日々の小さな喜びを大切に味わって健気に生きている。そんな彼らの姿に、完全に心を奪われてしまったのだ。失敗の許されない仕事、華やかな私生活の友人、副業が波に乗っている後輩……。気を抜けば、いつもどこかで「もっと頑張れ」と言われているような生活。そんな生活に息が詰まっていた私は、簡単に彼らに心奪われた。

人は案外、いつも何かに心を奪われたがっているものだ。それは、身近な人だったり、アイドルだったり、キャラクターだったり、物だったりする。生活しているうちに、気が付いたらぽっかりと空いてしまった心の隙間に、しっくりとくる何かを探しているのだ。

その心の隙間の原因は、孤独だったり、コンプレックスだったり、人間関係だったり、劣等感だったりするのかもしれない。しかし正直な所、よくわからない。けど、そのよく分からない心が何を求めているかは、一瞬で分かってしまうものだ。私がちいかわに一瞬で心を奪われたように。

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「一目惚れ」は恋愛に限った話では、決してないのだ。

街でとっさに見つけたワンピース。映画館で観た面白そうな予告。ふと見上げた時のピンクと紫の混じった夕暮れ空。そういったものに、いつでも「一目で心を奪われる」のだ。

恋愛において、「一目惚れ」をしたことがない。

確かにそれは事実だ。しかしどうやら私は、数えきれないくらいの一目惚れをして、淡い片思いのような気持ちを胸いっぱいに抱いて、生活しているらしい。そうやって、心の隙間を数々の一目惚れで埋めながら、案外楽しく生活しているのだった。