いつも母が持っているものが自分のより良く見えた。母の服、ヘアゴム、スリッパ、布団、シャンプー、ケーキ、お箸。なぜかは分からないけどとにかく買ってもらったばかりの自分のものよりも、母のおさがりを私は好んだ。お母さんっ子だったこともあるだろうけど、人の花は赤いというのが一番だろう。でも、そんな私が唯一、一目ぼれして、しかもその一番の地位が揺らがなかったものがある。ランドセルだ。

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小学校に上がる前、祖父母と母とデパートに行った。エレベーターを降りると遠目にも分かるくらいたくさんの赤と黒、そしていくつかの水色やオレンジ、ブラウンの点が見えた。私のテンションは一気に上がった。

スキップをしながらランドセルコーナーに向かう。ランドセル手前2mになったところで、私の目はただ一点に吸い寄せられた。

赤よりのピンク。ピンクよりの赤。どういっていいか分からないがとにかく綺麗な色のランドセルだった。縁にはリボンを表現したピンクの糸の刺繍。側面にはかわいらしいリボンのステッチ。

こんなランドセルがいいとイメージしていたわけでもないのに、このランドセルが良いと思った。それ以外にはもう見向きもしなかった。
6年間を共に過ごす同士はたった5分で選ばれた。

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母や祖父母に何度も、「他のも見たら?」、「本当にそれがいいの?」と念押しされる中でも、ぎゅっとそのランドセルを抱きしめて、決して離さなかった。
かくして私の小学校生活を共にする同志が私のものになった。横から見ると明らかに私よりも大きなランドセル。

少しお姉さんになったような、でも背負っているのがどっちか分からないくらいのサイズ感にやっぱりまだランドセルが似合う歳にはなってないな、いつこのランドセルが似合うようになるかなとむず痒い気持ちだった。

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1年生。まさかの黄色いカバーをつけられて魅力が半減して、やたらと子どもっぽく見えるランドセルに落胆した。
2年生。カバーに隠れていたランドセルは一年前にみたのと全く同じ艶やかな赤だった。気持ちが高ぶった。雨に降られて、摩擦がかかって、くったりしたカバーをふと見て、お疲れ様、とあんなに憎かった黄色が愛おしく思えた。

3年生。友達とふざけ合って、登下校の時、錠前をこっそり外し合った。
4年生。小学校生活を半分終えて買い替えるオシャレな女の子が数人いた。戦闘ごっこだとランドセルを叩き合ってはしゃぐ男の子がいた。私にとってはいずれもありえないことだった。

5年生。何をするにしてもあと一回だねと感慨にふけりだした頃。大事に使っていたランドセルも、下級生のものと比べると艶が少しずつ損なわれているのが分かった。でも、それでも私は自分のランドセルが好きだった。あと何回、このランドセルを背負うだろう。
6年生。1年生の子と行動することが増えた。5年前の自分から何センチも身長が伸びた。勉強だってたくさんした。今の私はこのランドセルが似合うお姉さんになれただろうか。

小学校の思い出が詰まった品を選りすぐってランドセルに詰め、6年間ありがとうと、もう一度だけ、あの頃のように私のランドセルを抱きしめて、押し入れにそっと入れた。

あのランドセルは私にとっては人生で一番強い一目ぼれをした大切な思い出だ。