お気に入りのブラウスがある。表参道にあるブランドの路面店で2年前に購入したものだ。
一枚で3万円ほどのお値段で、コットン地のふんわりしたシルエット。首元には、大きくて豪奢なレース襟がついている。
こんな砂糖菓子みたいな、全力で甘さに振り切った洋服は、普段そうそう着ることはない。
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私には昔から、美術館に行くノリで向かうブティックがいくつかあった。
足繁く通うものの、物を購入することはなく、縫製の美しいシルエットやなめらかな生地を眺めるためだけに、時折そのお店に通っていた。
当時おそらく店員からも顔を覚えられていたと思う。「見るだけ野郎」の二つ名をつけられていても不思議ではない。
2年前のその日も、そのブラウスの試着を申し出たものの、買うつもりはほとんどなかった。冷やかし半分で試着室に入り、おもむろにブラウスを着る。
それなのに、である。鏡に映ったこの清廉なブラウスを見て、一目惚れのごとく雷に打たれたような気がした。
かわいいことこの上なかった。これは何がなんでも手に入れないわけにはいかない。
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成人してから衝動買いなどしたこともなく、洋服も滅多なことがなければ買わない主義の私にはかなり珍しい出来事であった。
ほとんど無意識のうちに、光の速さでレジに向かった。
3万円という普段買うブラウスの10倍ほどの値段にも怯むことなく会計を済ませ、紅潮した頬のまま店を出た。なんだか鼻息が荒くなっていたと思う。その日のそのあとの記憶がろくにないのが正直怖い。
そんなこんなで買ってからは、とりつかれたようにそのブラウスを着まくった。毎回着るたびに鏡を見ては頬が緩んでしまう。
ブルーのジーンズや黒のオーバーオールなどのボーイッシュなものと合わせると、そのレースの可憐さはより際立った。
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この2年間、この服で、いろいろな場所へ行った。コロナ禍のため休日も遠出ができず、日常に近い状態で休日を過ごすのはストレスにもなったが、このブラウスを着るとそれはかなり和らいだ。コロナが落ち着いてからは、これを着ていくために予定を立てることもあった。
この服がなければ、きっと塞ぎ込んで外に出るのも億劫になってしまっていたかもしれない。
一枚でも十分に可愛らしいが、重ね方や着こなしを工夫すれば、春から冬まで目いっぱい着ることができる。
もはやちょっとした相棒である。
このブラウスでデートに行き、このブラウスで失恋したこともあった。彼が冷たくなった日もこれを着ていた。もう駄目かもしれないと感じた時、鏡に映る自分が惨めな感じにならなかったのは、服のおかげだ。
こんな魅力的な服を着ていたら、自分のことなんて当面嫌いになれるはずもないからである。