「はじめまして」
彼との出会いは、午前10時。コメダ前。雨がよく降る3月の半ば頃だった。
挨拶をすると、目も合わせずにコメダ奥の居酒屋が並ぶ通路を興味深そうに眺めて
「ここの通り、入ったことあります?」
「えっ、いや、ないですけど…….」
「後で寄りませんか」
わたしより10歳年上の、ちょっと変わった人。
わたしももう25歳で、結婚願望が強く、恋愛は人並み以上にしてきていた。
今までの人とは、順調に結婚間際まで話が進むけれど別れてしまうの繰り返しで、正直もう疲れ果てていた。
20歳の頃みたく、もっと簡単に人を信じられたら、好きになれたらどれだけ気楽なんだろうと休憩しようかと思った頃。
唯一メッセージが続いていたのが今の彼だった。

今までなんで失恋したのか。
もうわかっている。「言いたいことを我慢して、相手の理想の彼女を演じてしまう」からだ。
だから、「柚希ちゃんはもっと笑顔でいないとだめだよ!」「そんな悲しい顔は柚希ちゃんじゃないよ!」とか、いつも素が出せずに自分の首を自分で絞めていたのだと思う。
それは、素の自分なんて受け入れてもらえるわけがないと相手の器を信用していなかったし、自分に自信もなかったからだ。
だから次の恋愛は、無理せずに、背伸びせずに、我慢もせずに、自然体で思ったことをそのまま出せる人と付き合いたいと思っていた。

◎          ◎

彼はコメダに入ると、新作ドリンクを指さし
「これ、飲んだことあります?」
「ないです。美味しいんですか?」
「いや...…(笑)。ちょっと飲んでみてほしいので僕これ頼みますね」
と、その後死ぬほど甘いドリンクに自滅している彼にわたしはお腹を抱えて笑った。
彼は本を年間200冊読む程の読書好きで、メッセージのやりとりから話していたシェイクスピアのマクベスの話になると、リュックから3冊のマクベスを取りだした。
それぞれ文庫が違い、ひとつは英語で書かれているものだった。
1冊1冊、付箋や書き込みがされていて、とても心が震えたのを覚えている。
この人、1つの作品について表面だけじゃなく、ここまで深く知ろうとする人なんだな、と。
彼のお寺や歴史好きは、そういう所から来ているのかもと思うと、尊敬の気持ちも芽生えた。

わたしは、自分のことを話した。本のように、興味を持ってもらいたかったから。
「転職先、どういうところなんです?」
「...…なんでそこ?って言われるかもしれないんですけど、遺品整理のお仕事です」
今まで、親や友達に「もっと他にいい仕事あるのにあえてそこなの?」と微妙な顔をされてきて自信がなかったので控えめに答えると、彼は目を見開いて
「なにそれ。めっちゃ面白そう」
と言ったのだ。正直、泣きそうなほど嬉しかった。面白そうって思うの、わたしだけじゃないんだって認めて貰えた気がして。
それから、お互いの生活、行きたい場所、学生時代、今までの恋愛。気づけばコメダで5時間が経過していて、「コメダに申し訳ないことしちゃいましたね」と2人で苦笑いしてお店を後にした。

気づけばわたしは、

「実は、コメダモーニングするの夢だったんです」「あと、あそこのサムギョプサル食べるのも夢」「それから...…」

自分のしたいことを自然と彼に話せていた。

そして、彼は「じゃあ食べに行きます?」
とスマートに夢を叶えてくれて、「どれも簡単に叶えられる夢ですね(笑)」と言う横顔が今でも忘れられない。

◎          ◎

実は、彼に内緒にしていることが1つある。
それは、転職先がたまたま彼の近所で、引っ越したのと同時に、おすすめの場所をいくつか教えてくれた。その1つにとあるお寺があって、そこは、「賢い猿の目の前に鬼女が現れ、猛烈にアピールするが、猿は「修行の身」といって断っていた。しかし、鬼女の情熱に根負けし、結婚した」という強烈なエピソードがあるお寺で、そこに1人で足を運び、「恋愛が成就する恋の文」を奉納してきたことだ。
そのことをお寺のお姉さんに話すと、「素敵ですね。きっとその恋、叶いますよ。そのときはぜひお2人でいらしてください」と笑顔で見送ってくれた。
自分から好きになって、初めて叶ったこの恋は、わたしだけの力ではなくこのお寺やご縁があったからだと改めて実感した。
近いうちに、そのお寺に彼とお参りに行こうと思っている。
わたしは、初めて出会ったあの日から、自分のことが好きだと、心から思えるようになっていた。