「美容整形」と聞いて、かつては「何でわざわざそんなことするの…」と、ネガティブな意見を持っていた私。

あからさまに「美容整形している」と分かる綺麗な美しい女性に、「私も美容整形できるようなお金があったらなぁ…」なんて、妬みの気持ちから来るものも今思えばあった様に思う。

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そんなある日、たまたま付けたテレビで観た美容整形の手術をこれから受けるというある女性の特集。
その女性は、長年自分の顔にコンプレックスを抱き自信を喪失したり、「自分自身を愛せない」と語っていた。

何となく、顔に不必要なメスを入れたり人工的な「美」に対して、「お金をかければ可愛くなれるのは当然だし、そこまでして可愛くなるのはズルい‼︎」と、偏見のある考え方だった私が、彼女の「自分を愛せない」という発言に衝撃を受けた。

そのとき、「誰もが、自分が一番自分のことを知っているはずだし、自分が一番自分を愛せる存在である。」と思っていたからこそ、自分の様な考え方を共有できない彼女のような人もいることを知って、私自身胸が苦しくなっていた。
その特集を観てから、私の「美容整形」に対する考え方は180度変わった。

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どんな女性も、女性としてこの世に性を受けた限り、いくつになっても綺麗に在りたいと思うし、女性にはそうである権利があると思う。
その一つの手段として、「美容整形」という選択肢があるのだと、私は強く思う。
親しい家族や周囲の友達がなんて言おうと、美容整形を受けたいと願うだけではなく、美容整形を通して「こうなりたい、理想の女性の姿」が明確であればあるほど、それはその本人の自由な選択であるのだ。

それはまさに、洋服やアクセサリーを選ぶ感覚と同じで、「自分をこう見せたい!」とか、「周りに自分はこう見られたい!」という様な感覚と一緒なのだと、個人的に思う。
そして何より、「美容整形」することで自分により自信が持てたり、自分のことを大切に愛することが出来るのなら、それ以上のことはないと思う。

もちろん、「美容整形」に対して色々な意見があって、様々な捉え方ができる中で、唯一無二の答えは無いと考える。

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なぜなら、それも自己表現のツールの一つに過ぎないから。
周りの意見に流される必要もなければ、周りの様子を伺う必要もないから。
最初は周囲の目が気になったとしても、周りは周りで自分のことに日々精一杯で、自分以外の周りのことなんて専ら見えていないから。

全ては、自分自身のために、自分を深く愛するために。
そんな風な感覚で、「美容整形」という選択肢があることに、私は大賛成なのだ。