顔と性格が地味なブスにとっての20代半ばって、わりとパラダイスだ。少なくとも私はそう。

中学高校と色恋沙汰にはまるで縁が無かった。同姓からの「かわいい」だって、とても心優しくて「かわいい」の判定がガバガバな子からか、どこかで見下している子からしか言われたことがない。気に入った服やアクセサリーを身につけても、結局パッとしなくて楽しくない。

しかし、それは大学に入ったあたりから徐々に変わってきた。
化粧を覚えた私は、「かわいい」の言葉をもらえることが増えた。平らで目や鼻のパーツが小さく地味な顔つきの私は、化粧による変化率が大きいタイプだったからだ。私服を着る機会も増えたから、自分に似合う服を見極められるようにもなった。若い女としてはちょっと太めで、骨格もがっしりしている私は、選ぶ服によって見た目の印象がだいぶ変わる。
あと多分、褒めてもらえる回数が増えたのは、専門性の高い学部に進学したせいもあると思う。自分と似た感性や価値観の子が多くいる環境に身を置けるようになった。このことによって、褒めてもらえること以外にも、伸び伸びと生きられるようになった気がする。

◎          ◎

そして、今。あと数ヶ月で25歳になるという今。
人生の全ての項目において、今が一番ピークなんじゃないかなって思う。
社会人になって、学生時代よりはお金を自由に使えるようになった。大学生の頃に二重の埋没とホクロ除去は済ませていたのだけれど、それに加えてクマ取りとエラボトックス、肩ボトックスの施術も受けた。化粧歴が長くなるにつれて、より自分に合ったメイク法にも辿り着けた。髪型や髪色、服に関しても同様だ。

そうなってくると、もう「普通にかわいい人」になれるのだ。「普通にかわいい人」として扱ってもらえる。そもそも大抵の若い女の子はかわいいから、「普通にかわいい人」というのは「普通の人」というのとほぼ同義なのだけれど、全然それでいい。中の上〜中の下あたりに属している、普通の女の子。全然それでいい。だって元々下の世界を漂っていたのだから、十分満足だ。

環境的にも、多分今が一番恵まれている。歳の近い先輩たちは優しいし、業種的な問題か、価値観も似ている。上司たちは、腹の底はわからないけれど、とりあえず優しい。パワハラセクハラに厳しい時代なおかげで、常にコンプライアンスを気にしながら接してくれているのだと思う。

◎          ◎

20代半ばは、自分に合ったスタイルに辿り着けていて、身を置く環境を自ら選べる年代なのだ。これまでの人生と比較すると、だいぶパラダイス。そのことを改めて認識した出来事が、最近あった。

「ハヤシちゃんの写真ストーリーに載せたら、彼氏の友達の中村倫也に似てる男の子が『めっちゃかわいい』って言ってたよ!」

と、大学時代の友達が教えてくれたのだ。

その写真はその子が撮ってくれたもので、かなりよく撮れていた。別人というほどではないけれど、最大限盛れてる私って感じ。実物とはわりと違う。
それに、中村倫也に似ている、という部分に関しても、怪しい。友達のそういうのって、あんまり信用してはいけない。と思ったので、あえてその人の写真を見ることはしなかった。

……とはいえ。とはいえ、以前の私には、こんなこと起こりようがなかった。元々それなりに可愛い女の子たちからしたら、普通によくあることなんだろう。しかし、「下」の世界出身の私からすれば、事件である。(だいぶ盛れているとはいえ)私の写真を見て、中村倫也似(だと友達は言っている)の男子が「かわいい」と言っていた、なんて。

やっぱり、私は今が最強だ。きっと数年したら老化が始まって、この最強さは失われていく。メイク落とさず寝ちゃったりとか結構しているし、周りより早く衰えていく可能性も高い気がする。だから今を目一杯楽しもうと、改めて思った。遅めに与えられた刹那的なパラダイスを、満喫してやろう。