昔から"人に嫌われないように"が第一優先だった私。
素直に気持ちを伝えられる子が羨ましかった。
私は小学1年生の時、転校。登校初日、会議室に転校生が集合し「全校生徒の前で自己紹介をしてね!」と説明を受けていた。
人前に出るのが嫌いな私は全校生徒700人前後と聞いてゾッとしたのを覚えてる。元々通ってた所が各学年1クラスずつしかない小さい学校だったこともあり、そんな大人数の前に出た事がなかった。
挨拶が終わりほっとしたのも束の間。クラスに案内してもらってからは他クラスの子や上級生が教室に来て質問攻め……。
怒涛の1日だったけど、そのお陰で友達もすぐにできてこれからが楽しみになっていた。
しかし、 元々人の気持ちに気付きやすく、共感し過ぎてしまうなどちょっとした生きづらさを感じていた私。
休み時間に鬼ごっこをしていた時、ふと、今ここから居なくなってもみんな気付かないんだろうなと感じたことがあった。
それからというもの休み時間以外でもだんだん疎外感を感じるように。
周りの顔色を窺い、本音を隠し、何でも受け入れ、平気なフリをする。
そうやって自分の気持ちを無視し続けるうちに、本当の自分がよく分からなくなっていった。
◎ ◎
学校という狭いコミュニティで"嫌われないように"を第一優先にしたせいで、卒業してからもその癖が直るどころかだんだん悪化。
仕事に行く途中急に涙が止まらなくなったり、今まで楽しんでいた事も楽しく感じなくなっていた私は、仕事を辞め地元を離れる事に決めた。
住む場所が変わり今の仕事(夜職)を始めて生活は昼夜逆転、帰宅すると1人反省会、そしてまた仕事の繰り返し。
何年か経ち、人間関係・詐欺被害・トラウマ体験など色々な事が一気に起きて再び体調を崩した。私にはその数週間の記憶が断片的にしかない。
気付いたら無意識に自分を傷つけていた事もあり自分が怖くなった。
こんなことが続くなら……と全てを終わらせようと考えていた時もあった。というか毎日考えてた。
遂に私に診断名が付き、更にHSP気質ということが分かって、今までの生きづらさの理由に納得したら不思議と少し安心。
それでも人に相談するのも苦手、嫌われる事を恐れていた私は仲のいい子に病気を打ち明けるのにも時間がかかった。
しばらくは仕事にもいけなかった。
寝室で抜け殻のような生活をしている時、ネットでケアストレスカウンセラーという検定がある事を知り自分の為にもと思って勉強。
病気について理解し始めたらちょっとずつ安定してきた。
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しばらくして外出できるぐらいまで回復した頃、飲み屋である女の子と出会った。
同い歳の綺麗な女の子。
美容や恋愛や趣味などたわいない話をするうちに仲良くなり、帰る頃には私の憧れの存在に。
容姿も内面も凄く綺麗で、私にない素直さがあってきらきらして見えた。
私はその子と出会ったおかげで、前よりも少しだけ明るくなれたし、本音も言えるようになってきた気がする。
まだまだ完治とは言えないし、生まれ持ったHSP気質は変えられないからネガティブになる事もある。
ただ、勉強したことを活かして意識的にポジティブな考えに置き換えるようにしてる。
私自身こういう経験をして周りから「生きてたら必ずいい事あるよ!」とたくさん言われてきた。
一見ポジティブで良く聞こえるこの言葉。
人生リタイアしそうな時はこの先良い事があるかどうかなんて関係ない・考えられないってぐらい追い詰められてる人が多い。
当時は「頑張って!」と同じぐらい聞きたくないプレッシャーになる言葉だったのを覚えてる。
今どん底で這い上がる気力もないのに、まだ頑張らないといけないの?って。
もし、過去に行く事ができるならあの時の自分に大丈夫だよって教えてあげたい。
人生リタイアしたい、そう思ってる人。
これ読んで「とりあえず今日はやめておこうかな?」って思ってくれてたらいいな。