挑戦し、成長することが私だ。
周囲の人間からするとすごいことに見えるらしい私らしさ。
私もそんな自分が誇らしい、と言いたいところだが、実際は褒められるものなんかではなく、他人から求められる当たり前のことだ。
成長し続けることが私の価値であり、止めれば私に価値はない。
そんな自分に酔いしれていた過去もあったが、今となってはひどく息苦しい。
夢を追いかけた先に見つけた私らしさが、今の私には枷となっている。

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凄まじい勢いで対象に惚れ込み、一瞬にして飽き、一生興味を示すことがない。
私の、人間としての根底は今も昔も変わっていない。
変わったのは興味の対象。
食べ物や趣味に向いていたベクトルが今は自分の価値を向上させることに向いただけ。
就活失敗で、人生落第の烙印を押された5年前、私が変わった5年前。
自分の価値を証明するために頑張るなど、全くしたことがなかった私にとって頑張らなければ社会から必要とされないという事実が容赦無く心に突き刺さった。
それがどれほど恐ろしく、孤独だったか、本人以外に分かり得ることはないと思っている。
私はいまだにその転換期に囚われ続けている、それほどに地獄だったのだ。
その事実が私を変えた、私は走ることをめられなくなった。
私は自分自身を向上させること以外に価値を感じることができなくなった。
泳ぎ続けなければ死ぬ、まるでマグロのような女なのだ。

元々の性格上、興味の対象を攻略することに長けている私は2度目の就活を大成功させ希望の仕事をすることができている。
しかし一度味わった地獄を味わいたくないという焦りが、私を強制的に努力させる。
表面上常に向上心を持って努力し続ける若手というポジションを確立した私を周囲は高く評価してくれる。
本当にありがたく、贅沢なことを言っていると分かっている。
しかし、私は飽きるということを許さないまま、走ることをめられずにいる。
今の仕事に就くという夢はとっくに叶ってしまったのに、かつての呪いだけが残る。
もうとっくに私の心は折れているのに。

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私はここからどうやって抜け出したらいいだろうか。
努力することをめるため、今の私の価値観を変えるために次の夢を見つけたらいいのだろうか。また、夢が私を変えてくれるのだろうか。
そんな自問自答を繰り返しながらも何かに向けて走り続ける必要がある私は、頑張るという目的のために様々な検定や社内プロジェクトに挑戦し続けている。
どこまで頑張れるのかもわからずに、ある日切れてしまいそうな精神に恐怖を感じながらも、夢を探すために満身創痍の精神を動かす。
心の奥ではなんとなく答えは見えている。誰かに言われてめられることではなく、自分が自分を許してこの連鎖を断ち切る必要があるのだと。
今の私が、かつて、頑張ることができなかった私の面影はもうないと、そう認めてあげられる日は来るのだろうか。

今は自分を止める手立てが見つからない。
いっそのこと倒れてしまうまで、頑張ってみようか。
突拍子もないことを考えながら、私は今日も自分の精神を走らせる。
夢と聞くと、明るく、華やかで、輝かしい存在を想像しがちだ。
しかし、善悪関係なく、その人の人生観すら変えてしまうほどの強大な存在であることをゆめゆめ忘れてはならない。
それでも夢にすがってしまうのはおそらく信じているからだ。
きっと、私の人生が素晴らしいものになるということを。