「風吹けば桶屋が儲かる」ということわざがある。ある事象の発生により、一見すると全く関係ないと思われる場所・物事に影響が及ぶことの例えである。
14年前中学3年生であった私が、卒業式が終わって家に帰った瞬間、髪の毛を明るい茶髪に染めたことなど、一見すると中学生が、調子に乗っただけの出来事に見える。しかし、ここでも「風吹けば桶屋が儲かる」理論は正しかった。この場合「中学生が茶髪に染めれば、製紙会社が儲かる」だったのだ。

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どういうことか。今日は私が初めて髪を染めた日のことを書いていこうと思う。

中学3年生15歳だった私は、卒業式前日、地元のドラッグストアに駆け込んだ。ヘアカラー剤を買うためである。漫画「GALS」の金髪に赤メッシュがトレードマークの主人公寿蘭や、当時愛読していたpopteenの金髪につけまつげの読者モデルに憧れていた私は、そりゃもうめちゃくちゃもう頑張って、校則が殆どなく頭髪ルールも緩い高校に滑り込んだ。卒業式が終わったら、クラスで打ち上げがある。その集まりに新しい自分を、校則がない学校に合格できた自由な自分を、みんな見せつけたかったのだ。いいや、正確に言えば、「みんな」ではない。1年前、幼馴染兼クラスメイトの男の子から振られた私は、そいつに自分は平気だと見せつけることしか頭になかったのだ。

1時間ほどドラッグストアでうんうん悩んで選んだ色は、カリスマ読者モデルがパッケージになっていた、明るい茶色。15年一度も染めたことがない黒髪から、そのパッケージの茶髪の明るくなった分だけ、心が弾むように気持ちも明るくなった。

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翌日の卒業式。なんだかんだ良い思い出が多かった3年間を振り返ると、涙があふれ出そうであった。しかし、クラスでの打ち上げに盛れたメイクと新しい茶髪で参加したかった私は、ここで目を腫らすわけにはいかない……!、と懸命に我慢した。私にとっての本番は、そのあとの打ち上げだったのだ。

帰宅し、すぐにお風呂に希望の塊のヘアカラー剤とともにこもる。事前にパッチテストを試さなければいけないことなど知る由もない私は、無謀にもいきなり頭にヘアカラー剤を塗りつけた。頭皮にしみるような気がして、「やばいこれ私アレルギーあったりして」「皮膚ただれたらどうしよう」、と心配になった。追い詰められた私は、この後どうなってもいい、今日だけ、今日の打ち上げだけ少しでも可愛くて新しい自分を「あいつ」に見せられたらもうそれで良い、と思い、かゆみや違和感を無視した。
そんな不安な30分間がすぎ、髪をシャンプーで洗い落とす。濡れたままだと「あれ?変化した?」と目立たなかった茶髪が、ドライヤーで乾かしていくとちゃんと明るい茶髪になった。黒の自分より、可愛い、気がする。やった、染まった。やった、変われた。そう心の中でガッツポーズをすると、もう打ち上げの集合時間となっていた。

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会場に着くと、仲の良いクラスメイトがすぐに私の変化に気が付いた。「まよ!染めたの?」とみんなに聞かれ、「うん染めた~」と得意な顔をしないように、必死でポーカーフェイスを装った。まるで「髪を染めることなんて私には大したことじゃないのよ」と言わんとするように。

そして、あいつを見た。失恋してから悔しくて悲しくて恥ずかしくて、顔も目もまともに合わせることができなかった私だったが、その日はじっくりと正面から向き合うことができた。
「髪染めたの」そいつが声をかけてきた。
「うん。坊主のお前には無理でしょ(笑)羨ましいだろー」
「うっぜえ(笑)」
そんなたわいもない会話を久しぶりにして、卒業式ではこらえたはずの涙がちょっと出そうになった。正面から見つめることができたのも、言葉を交わすことができたのも、なぜか髪を染めたことと無関係な気がしなかった。明るい毛先が私の背中を押してくれた。「元気でやれよ」と小学校から9年間クラスが一緒だったそいつに向けて、心の中で呟いた。失恋がやっと終わった、そう思った。

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打ち上げが終わり、家に着いたのは22時を超えていた。「ただいま」と玄関で言うと、出迎えた父がぎょっとした顔をしていた。
「まよそれ、髪……」と父は呟いた。
「あーそう染めたの!」と私はそういえば染めること言ってなかったけな、と思い出した。
父はそれ以上何も言うことなく、リビングに戻った。

風呂から上がり、リビングに行くと、父が私が赤ちゃんだった頃や小さな頃のアルバムを開いていた。そしてその上、なんと、ティッシュを片手に、涙を拭いているではないか。
「人間ていうのは……、一番似合う色で生まれてくるんだよ……、なんで染めちゃうかなあ…」と涙声で呟きつつ、片手でアルバムをめくり、片手でティッシュで目を拭いている。
「せっかく可愛く生まれたのに……」
「お願いだからへそピとかはやめてくれええ」
「ぐれちゃったらどうしよう……」
父のぼやきは止まらない。真面目な学者家系に育ち、自身も一度も茶髪どころか白髪染めもしたことのない父にとっては、衝撃が強すぎたようだ。父のティッシュ消費は止まらない。これぞ「中学生が茶髪に染めれば、製紙会社が儲かる」論理だったのだ。
完全にしょぼくれている父に、噴き出すのを必死でこらえた私は、へそピだけはしないからと父に固く約束して、眠りについた。

その後私は高校で金髪やコーンロウにしたり、白のメッシュを入れたりした。しかし、父との約束を守り、へそピだけはしなかった。痛いのが苦手なので、しなかったというよりは、できなかったに近いが。

15歳の卒業式で明るい茶髪に染めて以来、14年間就活時期以外は髪を染め続けた。しかし、就活の際に真っ黒な髪に戻した姿を父に見せたところ、「カツラ被ってるみたいだな」と言われた。関西人じゃないけどこの言葉を使いたいどないせっちゅうねん。