4年前の夏頃は就職活動をしていた。いや、8月には内定があったから「ここでいっか。」みたいな感じで就職活動を終わらせていたような気がする。公務員試験も受けていたから面接へ行ってはいたのだけどね。真面目に勉強をしなかったからきっと試験の点数が低く、面接で挽回できるはずもなく落ちた。
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むしろ面接は苦手だった。思い出したくない黒歴史が就活の思い出につまっている。人見知りでソロ活が好きな私にとって、人との関わりが最低限で済む大学は良い場所であったが、その弊害が就活の時に出たのである。
当たり前だ。親に言われるがまま、自分では何も考えず「公務員試験受けるから〜」と中途半端な気持ちでいた。その根底にあるのは、基本的にやりたいことはないという就活への無関心だったと思う。本当は興味があることはあったはずだが「私なんかが人気の会社に受かるわけない」と思っていた。確かに4年前の私では大企業には受からなかっただろうけど。だから、なんとなく受けた会社へなんとなく入社することにした。
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社会人になる少し前からコロナの流行により、世間はてんやわんやしていた。私も楽しみにしていた某ラップコンテンツのライブが中止となり落ち込んでいた。公式君に罪はないのにチケット購入者に手ぬぐいをくれたり、無観客ライブの配信をしてくれたりしたので今となっては良い思い出でもある。ライブには行きたいけど。
そんなコロナ禍幕開けと共に私の社会人生活も始まった。結果として私にとってそれは神風だった。不謹慎だろうか。決して「コロナって良いね!」と言っているわけではない。ただ、コロナ禍の社会であったから、なんとか今も社会人でいることができている気がする。
まず、社会不適合者の素質がある私は、同期と比較して仕事が出来なかった。いじめられることはなかったけれど、それでも仕事が出来ないとこについて言われたり、普通に沢山失敗して惨めだったりして、職場で泣いてしまった。
しかし、マスクをしていたおかげで多少泣いても暗い顔をしていても、よくわからないようで、泣いたことを隠すよう頑張っていた。マスクをしてなかったら隠すことも出来なかった。それに仕事が出来ない上に「笑顔で接客しろ」とか言われていたら、もっと混乱していたはずだから、皆が当たり前にマスクをしている時代で本当に良かった。
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もう一つ、コロナ禍の社会に感謝するのが飲み会をなくしてくれたことだ。飲み会どころか大学の卒業式も、入社式もイベントの類も全部なくなったのは良かったのだろうかとも思うけど、飲み会が頻繁だったら間違いなく仕事を辞めていた。毎日慣れない会社へ出社するだけで大変なのに、労働時間外に会社の人と長時間過ごすなんて無理。
会社の人が嫌いな訳ではないが、それとこれとは話が別だ。酒もあまり好きではない。酔って楽しくなったことはない。ただ風邪をひいたときのようにダルくなるだけで何が良いのかわからない。あと、なぜか酒を口に含むと懐かしのアルコールランプを思い出す。
断じてアルコールランプの液体を飲んだことはないが、美味しいとは思いようがない。コロナが落ち着いてきた最近では、少しだけ飲み会も行われるようになってきた。私は人数の多い飲み会の時には、タイミングを見計らい人に迷惑をかけない範囲で飲み会中に近くの本屋等へ逃亡している。
始めから参加しなければ良いのではないかと思われるかもしれないがそういうわけにもいかない場合があるし、参加したという事実があったほうが体裁が良い気がしている。煙草を吸わない煙草休憩だと思ってくれ。
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そんなこんなで社会人4年目となり、完璧ではないが社会人としての対応力も身につき初期よりマシになれたと思っている。しかし、会社に育ててもらった恩は忘れないけど、私が一生接客業をしていくのは現実的ではないと思い転職活動をした。あっさり内定をもらうことができた。苦手な面接でもう黒歴史を生み出すことはなく、秀でたものはなくとも一般的な会話をすることができたと思う。
その後、ひとり暮らしをすることへの親からの反対があったことで疲れてしまい、なんとなく入社した会社と相談したりして結局転職はしなかった。もうアラサーに片足つっこんだ良い歳した大人なのにね。会社の人たちは良くしてくれる。それはありがたいし幸せなこと。
でも、仕事内容があってないから辞めたいっていうのは駄目なこと?会社にとってはせっかく育てた人材を失うのは損であり迷惑な話だとは思うのだけど、利益を生み出せない私ってそこまで必要なのだろうか……とは今でも思う。
やりたいことなんてなかったはずなのに今はやってみたかったことが沢山ある。今更、気づいたのが遅かった。何もかも中途半端なのは変わっていない。私は4年間で変わったこともあるけれど、本質的には何も変わっていなかったのかもしれない。