私が現在働いている会社の入社試験には、作文があった。しかも、2回も。1回目は、履歴書を送るときに同封するよう求められた。2回目は、書類選考を通過した後、来社して時間内に書く形式だった。2回とも、400字詰め原稿用紙2枚分が規定されていた。
1回目の作文のテーマは、新聞にまつわるものだった。こちらは、すらすらと書くことができた。何故なら、大学時代、新聞の読者投稿欄に掲載されたことがあったからだ。そのときの嬉しさ、周囲の人からの反応などについて綴っていくと、あっという間に800字に達した。しかもこの作文は準備できる期間が1ヶ月ほどあったので、十分に推敲することが出来た。
2回目、来社した際に出されたテーマは「コロナ禍」だった。これには少し悩んだ。コロナ禍にまつわるパッと書けるエピソードが、すぐには思いつかなかったからだ。だが、このときは時間がなかった。何か書かなくては、と考え、思いついたのは、アルバイト先でのエピソードだった。

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私は大学生のとき、振袖の前撮りをするスタジオでアルバム販売のアルバイトをしていた。振袖を契約したお客さんが来店し、着付けとヘアメイクをし、写真を撮る。その後、どの写真を買うかを選んでもらうのだが、その写真を収めるアルバムを勧めるのが私の仕事だった。
私が雇われていた会社は呉服屋で、売上第一な社風だった。世間の多くの人が抱く呉服屋のイメージそのままの、少しでも高い商品を売ることに必死なタイプの会社。その会社の社員さんがコロナ禍で販売員に提案してきた売り方がある。
「今年は成人式あると良いですけどねぇ、まだわからないですよねぇ、あると良いですけどねぇ」
「去年は成人式が中止になってしまって当日着られなかったから、写真を買い足したいっていうお問い合わせも結構いただいていて」
「けど、ご購入いただけなかったお写真は基本的には1週間ほどでデータを消してしまうので、ご対応できなかったり、というケースがあったんですよ」
……っていう。ほんのりとした、脅しみたいな。もちろん口調はやさしーく、笑顔で話す。
罪悪感が湧かないでもない。お客さんの不安につけ込むような売り方。けど、私たちアルバイトが売り上げをあげないと、直属の社員さんが店長たちから責められるのだ。だから心を無にして、これらの言葉を発するしかない。

実際、効果は割とある。5万円のアルバムにするか10万円のアルバムにするか迷っているお客さんを、この言葉で10万円の方に導けたことも何度かあった。そんなわけで私たちはきっと、この先もこの売り方をし続ける。

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という内容を、2枚の作文用紙に綴った。
帰宅してから思った。少し攻めすぎたかもしれない、と。入社試験の作文の内容としては、少しひねすぎていた気がしてきたのだ。
その次の試験が最終面接だった。5人ほどいた面接官は、私の作文を「面白いねぇ」と言ってくれた。が、それは必ずしも良いことではないように思えた。多分、入社試験は面白作文コンテストとは違う。無難な内容を正しい言葉選びで綴るのが、きっと正解だ。無難な文章を編み出すタイプの人間が好ましく思われるはずだし、それがその人の芯でなかったとしても、入社試験という場ではふさわしい内容を選べる人を採りたいだろう。

と思ったが、冒頭で述べた通り、私は今その会社で働いている。採用されたのだ。
多分、採用担当がテキトーだったんだと思う。面白作文コンテストの審査員の気分で選んだんじゃないだろうか。先輩や同期を見ていても、そんな気がする。みんな良い人達だけど、まともな社会人、というよりは、面白い作文を書きそうな人達である。つまり、この会社の試験に限っては、私の作文は正解だったのだ。
テーマが「コロナ禍」じゃなかったら、あのような作文になったかは分からない。もしかしたら、普通に良い子ちゃんな文章を紡いでしまっていたかもしれない。そう考えると、私が今働けているのは、コロナ禍のおかげともいえる。コロナのせいでイベントが中止になったり、色々嫌な思いもしたけれど。その点でいえば、ちょっと助かったかもしれない。ありがとう、コロナ禍。でももう、来ないでね。