焦げるような日差しと長袖必須の気温差がもたらす気怠さ。
台風のたびにやってくる強烈な頭痛と多い時には月2回訪れる生理痛。
家にたどり着いた瞬間、床で寝てしまう私はさながら電池切れのスマホのよう。
そんな状態で疲労が回復するわけもなく、家を出る時にはすでに半分しか充電がない。
◎ ◎
「ああ、今日よくなかったですよね。ごめんなさい」
わたあめのように軽いその言葉は一瞬にして心を通過する。
満身創痍な私は精神的余裕もなく、しまいには人に当たり散らす始末。
人に優しくすることを忘れた今年の夏。
私の心は某少女系アニメのソウルジェムのようにすっかり濁り切っていた。
何もかもが限界ギリギリだったと分かったのは、お盆という名目で実家に帰った時だった。
「久しぶりだねえ〜!!!」
4ヶ月ぶりに会った可愛すぎる甥っ子に癒される至福の時間。
座っていれば出てくるご飯に、いつの間にか用意されているお風呂。
何か手伝うことない?と言っても、いいから、という母。
少しだけ申し訳ないと思いつつも、お言葉に甘えさせてもらった。
どこに行くわけでもなく家でゆったりと過ごす。
思えば、休日に何もしないなんて久しぶりだった。
◎ ◎
「うわーお」
帰ってきた次の日、朝起きて鏡を見た瞬間、思わず声が出る。
騙し騙し隠していた肌の異常が顔一面に広がり、見るも無惨なマダラ模様へと変化。
唇は全ての潤いがどこかへいってしまったかの如く乾燥しきっていた。
「ねえ、お姉ちゃん!うちの顔やばい!!!ウケる」
「うわ!あんたそれやばいよ!ちょ、こっちきて!!」
笑う私とは引き換えに姉は目を丸くし、持ってきた韓国の鎮静マスクを私の顔にはった。
「おお〜、なんか肌が冷えてく」
「あれじゃない?ほっとしたから出たんじゃない?ストレスが」
「かなあ〜」
ピリつく肌が徐々に冷えていくのがわかる。
顔は痛い。正直、結構痛い。
しかし、それと引き換えにすり減っていた心が美容液とともに回復するのが分かった。
◎ ◎
「このマスク前から気になってたんだけど、今回試せてよかった」
「帰ったら自分でも買いに行くといいよ」
そう言って予備用にもう一枚持たせてくれたマスク。
帰り支度をしていた朝、試しに普段使っていた化粧水を塗ってみるとあっというまに肌は炎症を起こし、マダラ模様が復活した。
「やば、この顔じゃ電車乗れないわ」
慌てて帰って使うはずだったマスクを顔につける。
沈静化した肌は外を歩けるくらいには回復した。
「もっと自分を労ってあげなきゃダメってことかな」
「そうかもよ、肌が命かけて伝えてくれてるんじゃない?」
「あはは、それにしてはわかりやすい肌だわ」
「それな笑」
マスクを外した後もピリつく気配はなく、電車に乗っていつもの部屋に帰る。
一通り荷物を片付けた私は再び見慣れた街へと繰り出す。
「これ、ください」
お試し用ではなく30日分の大容量パック。
◎ ◎
「早く使いたいな〜」
店を出て、ノイズキャンセリングのイヤホンを耳につける。
流すのはフランク・シナトラのTheme From New York, New York。
燦々と照りつける太陽が少しだけ、ほんの少しだけ気持ちがいい。
たった数日の帰省。
身はともかく心は浄化された私は、休み前より少しだけ上手く笑える気がしている。
あっという間に夏も終盤に差し掛かる今、スッキリと入れ替えた心を持っていつもの日常へと足を踏み入れよう。
家族からもらった心の余裕を今度は人のために使ってみようかな。
「今年の秋は人に優しくありたいな」
入道雲が天高く空へと伸びる真夏の日、私は秋を想って笑った。